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異世界恋愛・現実恋愛 短編集

OL私、無人島を妖怪との楽園とす


「うわ、マジか……」


 波は穏やかで、水面は真夏の太陽を反射している。


 船で5分ほどの距離にある比較的近い対岸は、広島側。瀬戸内海のビーチが見える。ビーチまでの間には海鳥がカァカァと飛び回り、ここに魚がいるんだよと漁師たちに知らせていた。


 仕事帰りのOLである私が立っているのは、雛ノ山(ひなのやま)島。広さは約1,800坪、島の名の示す通り80mもある小高い山が中心に聳え立ち、そのせいで平地が少ない。



 島には、私以外に誰もいない。



 ここは相続したばかりの、無人島だ。



――



 遡る事、約半年。


「土地の権利書と当時の売買契約書です。これは無くさないように金庫に保管しておいてください」


 古めかしい封筒を手渡された。


 私の祖父は、地元でも有名な資産家だった。北海道の山林や、北九州のゴルフ場。不動産賃貸を生業として、安い土地に付加価値を付けて高く売り生計を立てていた。山男のような豪胆な性格で、誰にでも旧友のように打ち解けていたのをよく覚えている。


 だが、そんな祖父でも病には勝てなかった。


「公正証書遺言に従った手続きは以上でございます」

「ごめんねぇ鳴海(なるみ)ちゃん、売れば現金にはなるから」


 父も母も早くに他界し、私は妹の香澄(かすみ)と共に祖父母の家で育てられた。アクティブな祖父は、私達を山や海へと連れだしては、体中にけがをさせて祖母に怒られていたものだ。



「大丈夫です、叔母さん。手続きを進めて頂いてありがとうございます」

「何かあったら協力するからね。もう23歳だし、自立してるから大丈夫かしら」


 叔母さんがどんな手を使ったのかは分からないが、祖父の残した現金の全てを手にしていた。私と香澄はそのお零れ。香澄は尾道の別荘を、私は瀬戸内海の無人島を相続された。お零れもスケールが違う。


「ボートとかもらえます? 手漕ぎでもいいので」

「あら、分かったわ。あなた、カヌーありませんでした?」

「持ってるわけないだろう。全く。鳴海ちゃん、島に行く時は一度私に連絡しなさい。手段は用意するからね」

「ありがとうございます、叔父さん」



――



 そんなわけで仕事を午前中で切り上げた私は、OL姿で漁船に乗り、意気揚々と島に上陸した。


 手荷物は寝袋とハート型のワンタッチテントのみ。

 明日は有給を取ったから島で一泊する。


「草すっげぇな」


 ごつごつとして歩きにくい岩場以外は、草木が生い茂っている。島の大きさはサッカー場より一回り小さいぐらいだろうか。



 日はまだ真上。

 ひとまず、島を一望するために雛ノ山の山頂を目指す。標高は80m、海の山らしくごつごつの岩が重なって『凸』の字のような山体となっている。



 両手にペッペと唾を掛けた。


「うっとおしい制服め」


 ピチピチの制服の袖をまくり、一歩を踏み出した。



 私は鹿島鳴海、23歳独身、彼氏無し。

 仕事はアウトドアグッズ事務。

 趣味はネットサーフィンとラーメン。

 チャームポイントは、口が悪い事。

 学生時代に読者モデルにスカウトされたのが人生のピークで、その時に糞ナンパ野郎と股間に蹴りを入れて警察にしょっ引かれた時がどん底だ。


「はぁはぁ……しんど、山登ったらイケメンがいんのか?」


 よっこらよっこらと、岩をよじ登る。今落ちて死んだら白骨死体になるまで発見されないな。


 太陽は真上。今更、日焼けなんて気にしない。こんな時間にこんな事をやっているOLは日本で私だけだろう。



 中腹に差し掛かり、片手を岩に手に掛けた時、突如携帯が鳴った。

 会社からだ。


「うい鹿島っす」

《あぁ良かった鹿島さん。今大丈夫?》

「岩登ってますけど大丈夫っすよ」

《岩? ……えぇとね、ちょっと赤テントがバズったみたいでさ、昼から物凄い注文が来てるんだよ》


 赤テントとは、私が営業の時に製造元に提案したワンタッチテントだ。私が今島に持参しているもので、女性向けに軽く作られており、天幕のデザインが無駄に多い。


《悪いんだけど、今から上倉(かみくら)さんの所に行って調整頼めない?》

「無理っす。今、岩山の上でイケメンを待たせているんですよ」

《岩山って、鹿島さん今どこにいるの?》

「瀬戸内海の無人島……っあ!」


 携帯を持つ手が滑り、落下していった。岩肌にガンガンぶつかって、草木の中へと吸い込まれていった。


「あぁー!! ……まいっか」


 会社に行かなくてもいい理由が出来た。

 上倉さん、すみませんね。



 そのままよじよじと登り続け、ようやく山頂に辿り着いた。


 一見すると、岩しかない。

 だが……


「うおーーこりゃ絶景だな」



 顔を上げると絶景に変わる。


 たかだか80mの岩山。四国と広島の両方が、丁度いい高さからぐるりと一望できる。


「はは、渦潮までは見えねぇか」


 岩のなだらかな場所を探し、どしんと座る。


 ビリっとパンツが破けた音がした。そして、水の上に座った感触がする。少しくぼんだ岩には、雨水が淀んで溜まっていた。


「……まいっか」


 細かい事は気にしないのもチャームポイントだ。



 景色は良い、アクセスもまぁまぁ。この島を相続したはいいが、クライミング以外での使い道が分からない。ぶっちゃけ金に換えてしまうか。



「さて、どーすっかなぁ……」

「何を、どうするんです?」



 ……。


 背後から、声が聞こえた。



 私はこう見えて、幽霊を信じている。

 祖父に連れられて散々山小屋に泊まらされた経験から、『山には何か得体の知れない存在がある』という事を身を持って経験していた。


 そういう時、祖父は決まってこう言った。


 『決して、返事をしてはいけないよ』



「いやぁ、どーすっかなぁ」

「何がです?」

「……どーするか」

「何ですか、僕を無視していませんか?」



 怖い。

 後ろを見れないよ。


 そう思って瞬きをした、一瞬だ。



 ――――――ヌっと目の前に、顔が現れた。


「何をどう」

「うああああああああああ!!!!」


 犬だ、人面の犬!!


 慌てて逃げようにも、岩だらけでうまく逃げれない。足が擦り傷だらけになっていく。


「お、落ち着いてください美人さん」

「馬鹿言え、てめぇ鏡見ろよ!!」


 やばい、返事しちゃった。


「……まいっか」

「うわ、急に落ち着きましたね」

「私、そういうとこあんだよ」


 改めて人面犬を見る。


 体は柴犬のようだ。


 顔は……よりにもよって爽やかな超イケメン。

 まるでアイドルだ。


 顔だけ切り取ると直視できない。

 香澄なら、涎を垂らしてうちわを作り出す。


「……お前、残念な犬だな」

「おや、あなたもでしょう?」

「あぁ?」

「うわっ怖い怖い……」

「犬、何の用だ?」

「あなたこそ、私の住処に何の御用で?」

「私の住処って……ここはもう私の島になったんだよ。島主だぞ」


 そう告げると、人面犬は驚いた。



「何か変か?」

「いえ、混ざりものの楽園にすると、誠一(せいいち)さんはそう仰っていましたが……」

「混ざりもの?」


 誠一は祖父の名前だ。


「おぉいクダン、何だったぁ?」


 物陰から、白いクネクネした生物が現れた。


「きんもちわりぃ……」

「し、失礼だぞぉ!」

「いえ白棒(しろぼう)くん、この人は誠一さんと同じ匂いがしたんですが、どうも違うみたいです」

「誠一は私の祖父だ」

「祖父……なるほど、そういう事ですか」


 犬の中でパズルのピースが繋がったようだ。祖父がもう亡くなった、という事だ。


「お前の姿で深刻な表情だと、何か笑えるな」

「口が減りませんね、いいでしょう」


 すると、犬が二本の足ですくっと立ち上がった。


 そして……。



「グチャグチャバキバキ」

「うわっ何だその変身音!!」


 目も当てられない程にグチャグチャとした変身を始めた。

 思わず目を閉じる。


 そして、音が消え去った。


「……これでいいですか?」



 再び目を開くと、とんでもないイケメンが立っていた。



 私は鹿島鳴海23歳。

 その性格ゆえに、いまだ彼氏いたこと無し。


 我ながら、初心(うぶ)である。



 ――そんな私が、人面犬に一目惚れするだなんて予想もしなかった。



――



「ち、近づくんじゃねぇよイケメン!!」

「おや、またですか」

「か、顔が近いいいい」


 だめじゃ恥ずかしい。

 イケメン近い。

 唇も目もエロい、刺激強い。


「クダン、その子クダンに惚れてるぞぉ?」

「……はぁ!? 何を……!」

「おやおや、ふふふ。キスして差し上げましょうか?」

「おい白いの!! あああああもうやめろ!!」


 手を振り払い、近づかせないようにする。


「いやぁ、このような美人に好かれるとは、悪い気はしないですね」

「じゃけん、近づくな……」

「ふふ、すみません。悪戯が過ぎました。グチャグチャバキバキ……」

「何なんだよそのやばい音は」


 再び犬の姿に戻った。


「して美人さん、お名前は?」

「……か、鹿島鳴海っす」


 目、合わせられない。

 犬に戻ったのに、何でこんなにドキドキするの。


「僕はクダン。人と牛の(くだん)。妖怪だね」

「おいらは白棒でいいよ」

「それで鳴海、君は何をどうするんだい?」


 な、鳴海。鳴海って呼ばれた……。

 心臓が飛び上がりそう。

 私、どうなってるんだ?


「いや……この島を売って金に換えようかと」

「鳴海!!」


 犬が真剣な表情で詰め寄って来た。

 顔近い!

 顔も犬ならいいのに!


「ななな、何すか」

「誠一さんは、僕たちに居場所をくれた。それをどうか奪わないで欲しい!」

「鳴海ちゃんパンツ破けてらぁ、ぷぷぷ」

「白棒くん、空気読もう」


 祖父との約束って言ったって、私は知らない。そもそも、この世のものではないものに対して話しかけるなとくぎを刺したのは、他でもない祖父なのだ。


 私がクダンの約束を守る理由は何もない。



 だけど……そんな冷たい人間になるつもりもない。


「分かったよクダン。じゃあ教えてくれ。爺さんとどんな約束をしたんだ?」

「……約束という程のものではないよ。私達は君達の理の外にある。それが何の因果か、表に出てきて戻れなくなる時がある。そんなのかわいそうだ、この島は君達の居場所だからと言ってくれた」

「おいらはクダンのついでだよ」


 居場所――。


 確か祖父は、混ざりものは嘘を付けないと言っていた。だから、人にすり寄り人を使うと。


 それは、奪えないわ。


「……分かった、このままにする。でも条件がある」

「おおぉ、何なりと」

「クダン、お前はその――――ず、ずっと人間の姿でいろ」



「ふふ、お安い御用ですよ、鳴海」



 気持ち悪い音と共に、クダンが人の姿になった。 



 ハート型のワンタッチテントが転がり、パンっと開いた。



お読みいただきありがとうございます。


ふと無人島が欲しいと思ったので書きました。(白目)

これから適当な感じで開拓が始まり、少しずつ妖怪達が集まって来るのでしょう。


評価やご感想など頂けたら嬉しいです。


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