犯人探しが終わりました5
ルビィの取り調べは、父とロイが担当した。被害者は私だけど、何せ6歳児なので司法という大人の世界にはさすがに介入できない。
事情聴取が長引いているためか、6時の夕食の席に父の姿はなかった。私は継母と2人きりの夕食を済ませ、湯あみも終えた。ルビィの犯行が明るみに出て以降、継母は言葉少なだ。無理もない。長年、姉のように慕って信頼していた者が、あんな事件を起こしたのだから。彼女にどういう処罰が下されるかは父次第だが、継母は気が気ではないだろう。
(きっと私とルビィの間で揺れている---)
甲斐甲斐しく私の世話をしながらも、その横顔はいつもより生気がない。
(後悔しているのかな……)
もし私がここに引き取られることがなければ、今回の事件は起きなかった。私を引き取ることを父が独断で行ったとは思えないから、最終的に了承したのはきっとこの人だ。その決断を後悔しているのかもしれない。継母と私との関係は決して悪くはなかったと思うが、それにしたってルビィとの関係の何十分かの一程度のつきあいだ。
いろいろ思うところもありながらも、私から声をかけることができなかった。言葉が見つからないし、仮にもし私を引き取ったことを後悔しているという言葉が出てきたら、さすがのアラサーメンタルでも少し耐え難い。
そして気づいた。私はこの人のことが好きなのだな、と。
継母は私は普通の6歳児だと信じている。だからこそ、アンジェリカの中身が前世の私なのだということを、少し心苦しく思っていた。そんな思いをごまかしたくて、この人との関係は、私との間にできているものではなく、アンジェリカとの間にできているものだと思い込もうとしていた。彼女が心から可愛がっているのは6歳のアンジェリカ。前世の私ではない。
でもそんなことは関係なく、中身の私はこの人が好きだし、この人を悲しませたりがっかりさせたりしたくない。できれば幸せに笑っていてほしいと思っている。
同じことがもちろん父に対しても言える。父にとっては、自分の血を分けた娘の中身がまるで入れ替わっているような状態なわけで。彼の本当の娘は私ではなくアンジェリカだ。だけど本物のアンジェリカはもう、私の一部になってしまっている。あぁ、なんだかややこしい……。
そんなことをつらつら考えていると、ようやく父とロイが戻ってきた。
「ルビィの話を聞いてきたよ。ひとまず逃亡の恐れはないとみて、今夜も使用人棟の部屋で過ごしてもらう。夜間はロイもマリサも近くで眠っているから、何かあれば気付けるだろう」
そう言いながら、父は時計を確認した。
「もう7時を回っているのか。続きは明日、と言いたいところだが、おまえたちも気になって眠れないだろう。ルビィから聞いた話を伝えよう」
そして父は応接室に移動し、事情聴取の内容を私たちに話してくれた。
ルビィは昨晩、12時を回った頃にじゃがいも畑に赴いた。服装は萌黄色のドレスに、普段仕事で履いている黒のショートブーツ。彼女が持っている靴は仕事用の黒のブーツと、普段用の明るい茶色のブーツ、それにフォーマル用のヒール靴が一足。茶色のブーツは特にお気に入りで、今回の犯行に使用するのは躊躇われた。そのため、仕事用のブーツを履いていったそうだ。
以前から私がじゃがいも料理を考案したり、畑で実験していることを快く思っていなかった彼女は、私が丹精込めて育てたじゃがいもを傷つけるつもりで畑に向かった。領内の畑が獣に襲われる事象についても知っていたから、猪か何かの仕業に見えるよう、細工することを思いつき、まずは敷地の奥の柵を壊すつもりで、手持ちのナイフを持って向かった。柵は思いのほか頑丈にできており、ロープを切るのに苦労したが、なんとかやり終えた。
その足で畑に戻り、まずは茎を引き抜こうとしたが、簡単には抜けなかった。いつも遠目に見ていたじゃがいもの収穫場ではもっと楽に抜けていたはずなのに……と思ったそうだ。おそらくじゃがいもが育ち過ぎていて、簡単にはいかなかったのだろう。それでもなんとか引き抜いたじゃがいもを、足で踏み潰そうとしたが、じゃがいもが思ったより大きくて、まったく歯が立たなかった。
「小さなじゃがいもなら簡単に踏み潰してしまえると思っていたのに、引き抜いたものは私のこぶしほどに大きくて。何度も何度もかかとを打ち付けたのですが、せいぜい傷がつく程度にしかなりませんでした」
そうやってブーツを酷使していた間に、かかとのプレートが外れてしまったのだろう。だが、畑荒らしに熱中していた彼女はまったく気がつかなかったそうだ。
「このままでは計画通りにいかないと焦っていたとき、納屋のことを思い出したのです」
あの中にきっと、じゃがいもを潰せるような道具があるはず、そう思い、彼女は納屋に向かった。そして中で鉈を見つけた。
「本当はもっと潰せるような道具が欲しかったのですが、ほかにめぼしいものが見当たらず……。仕方なく鉈を使って、じゃがいもを切りつけることにしました」
彼女は畑に戻り、引き抜いたじゃがいもや茎を鉈を使って何等分かに切った。そうして細かくしたものを足で踏みつけ、潰していった。だがじゃがいもの量がかなり多く、だんだん疲れ果ててしまったこともあり、最後は枯れた茎をすべて鉈で払ったり、土をえぐったりして事を終えた。
部屋に戻った彼女は、あらかじめ手元に用意しておいた水の精霊石を使って汚れたドレスを綺麗にした。そのとき、裾を切り裂いていたことに気がついた。同じくブーツも綺麗にしようと手にしたが、靴の内側に大きな傷が入っていた。さらに、かかとのプレートまで無くしたことにも気づき、さすがに焦ったが、今から探しに戻ったところで、暗闇の中見つけられる可能性は低い。
彼女はプレートについては諦め、ひとまず綺麗にしたドレスと靴をクローゼットにしまった。手にできた擦り傷も水の精霊石をこすりつけると綺麗に治り、痛みもまったくなくなったそうだ。
以上が、昨晩のルビィの行動だ。
私は無言で父の話を聞いていた。おおよそのストーリーはロイが推理したものと同じだ。じゃがいもをかかとで潰そうとしたことも、納屋にあった鉈を持ち出してじゃがいもを切り刻んだことも。
「ルビィが犯行に及んだ理由は……もう説明するまでもないな」
父が頭を軽く振りながら、嘆息とともに呟いた。早朝に彼女の口から語られた言葉がすべてだ。今更繰り返すこともないと思ったのだろう。
「ルビィの処分についてだが、これから決定する。ロイともまだ話をしなければならないし、最終的な決定は明日にでも……」
「……待ってちょうだい」
父が話を一旦切り上げようとしたのを、継母が強い意志で止めた。
「あなた……どうか、私のことも処罰してください」
「カトレア!? いったい何を……」
「ルビィの行動には、私にも責任があります」
「いや、君は関係ないよ。ただ彼女の女主人だったというだけだ」
思いもよらぬ継母の申し出を、父は冷静に退けようとした。
「ルビィの行動は、彼女の歪んだ考えから及んだものだ。君の責任ではない」
「いいえ、その彼女の考え方こそが、私が長年目を逸らしていたことなんです。本来は私が……ちゃんと受け止めてあげるべきだった。それをせずに、彼女の女主人という身分にただ甘んじていた私も悪いの……」
「……いったいどういうことだい?」
継母は父を見て、そして私を見た。いつもは穏やかな茶色の瞳が、うっすらと潤んでいる。それでも何かを伝えなければならないという強さが、その眼差しにはあった。
「これは今まであなたには伝えていなかったことです。もちろん、ロイやアンジェリカにも。ルビィの……身の上に起きた話です」
そして継母は、長い昔話を始めた。