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犯人探しが終わりました3

 父が崩れ落ちた継母をどうにか反対側のソファに座らせたとき、控えめなノックの音とともにマリサが入ってきた。ワゴンには急いで準備してくれたであろう軽食が載っている。部屋の隅にいたロイがそれを受け取り、マリサはすぐにキッチンへと戻っていった。


 ロイは何も言わず静かに、テーブルの上に軽食の準備を調え始めた。食器を置く微かな音が響く。彼はワゴンの上でカップを揃え、そこにお茶を注ぎ始めた。私はその光景をぼんやり見つめていた。


 思えばこの人が、今回の事件をすべて解決に導いてくれた。しかも話し振りから、彼は早々にルビィが犯人だとわかっていたようだった。いつ気づいたのだろう。畑にルビィの靴のパーツが落ちていたからだろうけど、それでも、少し疑問に思うことがあった。


 ロイはルビィのように、私に対して当たりがきついことは一度もなかった。初対面から「お嬢様」と呼んでくれたし、家の中で何かを頼んだりしたときも嫌な顔を見せることなく、いつも執事という立場で私を敬ってくれていた。


 ただ、それはあくまで表面的なことで、彼と心から仲良くできていたわけではない。


 彼との間には、なんというか、見えない薄い膜のようなものを感じていた。主家の令嬢として仕えてくれてはいるが、どこか一歩引いている。使用人だから、というのではなく、たとえば両親に対する忠信はかなりのものがあるが、それが私に対して向けられている気がしないのだ。


 だからこそ今回、彼がルビィを糾弾したことが意外だった。彼はルビィともうまくやっていた。だからもし、私かルビィかとなったら、ルビィをとるような気がしていたのだ。


 それなのに結果的にはルビィの罪を暴いて、私を守ってくれたことになる。


 ルビィのしでかしたことは犯罪だ。彼自身も言っていた。「これが領内の畑で起きていたら大事件です」と。彼は正義を貫くために、同僚が犯人であることを暴いたのだろうか。だが、正直そんな熱いタイプには見えない。もっと冷静で、嘘をつかないことを美徳とするよりも、世の中には必要な嘘があると認めて、それを使いこなしていそうなタイプだ。


 つまり彼は、ルビィが犯人だと気づいていたとしても、畑の様子を獣の仕業として終わらせることができたはずだ。何より父がそれを望んでいた。けれど彼は父の意に反し、あの行動に出たのだ。


 お茶を入れ終えたロイがテーブルにカップを並べ始めた。3人分のそれを並べ終えたとき、ずっと彼を見ていた私と目が合った。


「ロイは、いつルビィが犯人だと気づいたの?」


 この機会を逃すまいと、私は彼に問いかけた。


「畑を一目見ただけで、誰か人間の仕業だと気付きました。裏の柵の壊されようも、それを裏付けていました。ですので何か証拠がないか周囲を歩き回ったのです。皆さんにはまだお話ししていませんでしたが、納屋の中も確認しました。そして鉈がいつもと違う場所に置かれていることに気づいたのです。鞘から出して見ると、そこには使用した痕跡がありました。おそらくあれを利用して、じゃがいもを粉砕しようとしたのでしょう。お嬢様や奥様はご存知ないと思いますが、あのような刃物は使用した後すぐに手入れをしなければ、ダメになってしまうのですよ。そのとき思いました。おそらく今回の犯人は、あまり農作業などに慣れていない人物だろうと。その時点で、領民の犯行の線は薄いと感じていました」


 確かに領民は農作業に従事しているし、鉈の使い方も知っているだろう。領民の犯行でなければ家の者の犯行ということになる。


「マリサはこの領の出身ですし、畑仕事にも精通しています。となると残るは奥様とお嬢様とルビィです。お嬢様には鉈のような大きな刃物が使えるとは思えません。そして奥様には犯行に及ぶ動機が見当たらない。となると、残りはひとりということになります。その後、畑であの靴のパーツを拾い、確信したわけです。犯人が汚れた衣服を隠し持っていると言ったのは、家探しをするためのきっかけを作りたかったことと、ルビィの油断を誘いたかったからです」

「ロイ、今更だが、今回は君のおかげで助かった。このまま見過ごしていたら、私はルビィの本性を知ることはなく、アンジェリカにもっと辛い思いをさせてしまうところだった。本当に感謝している」


 父が立ち上がり、ロイに向けて深く頭を下げた。


「旦那様、私なぞに頭を下げるなど、おやめください!」

「いや、すべて君のおかげだ。私はこの一家の主人として、領主として、大きな間違いを犯すところだった。それを未然に防いでくれた。君は昔から、本当に頼りになる。こんな家で埋もれさせてしまうことが、本当に申し訳ないくらいだ」

「いいえ、私は旦那様と奥様に拾っていただいたようなものです。私のような者を、なんのてらいもなく使ってくださる、そんな方は王国広しといえども、旦那様よりほかにありません」


 2人の物言いに、私はおや?と首を傾げた。父の言葉にもロイの言葉にも、初めて聞く情報が含まれている。私が生まれる前からロイはここで働いていたわけだから、古い知り合いであることは間違いないだろうけど、そもそもいったいどういうつながりで、ロイはうちで働くことになったのだろう。


 疑問を抱いていたそのとき、部屋に大きなノックの音が響いた。


「お嬢様! 見てください!」


 息が上がった声の主はマリサだ。私は立ち上がって扉まで走った。


「マリサ、いったいどうしたの?」

「お嬢様! ほら、これ見てください! こんな大きなじゃがいもですよ!」

「えっ!?」


 転がり込むように部屋に入ってきたマリサは、エプロンの裾を両手で掲げていた。その中には私がこの世界に来て以降初めてみるような大きなじゃがいもがごろごろ入っていた。


「これ、どうしたの!?」

「畑に残っていたんですよ! いえね、あんなふうに荒らされてはいましたけど、じゃがいもはずいぶん根を張る野菜ですからね、ちょっとは残っているんじゃないかと思って見に行ってみたら、ご覧の通りです!」


 マリサは腰をかがめて、私にそれを見せた。改めて見ると、前世で普通に出回っていたくらいの大きさだ。父の話では、隣のアッシュバーン領ではこのくらい穫れるとのことだった。なんの変哲もない、ただのじゃがいも。


 だけど、火山灰の影響で作物が育ちにくいこの土地では、まさしく奇跡の実りだ。私が目指していたのはこれだった。あの荒らされた畑で失われたと思っていたものが、ちゃんと残されてた。


「こんな大きいじゃがいも、初めてみましたよ! お嬢様のイタズラは大成功ですね」


 石灰を使用したことは、家族の間では勘違いが生んだイタズラということになっている。理由づけがどうであれ、結果が伴えばそれでよかったから、私も否定はしなかった。


「じゃがいも、よかった、ちゃんと育ってた……」


 あの努力と苦労は無駄じゃなかった。嬉しさで自然と笑みが溢れる。マリサも一緒になってうんうんと頷いてくれた。


「もっと掘ればもっと出てくるかもしれませんよ。楽しみですね!」


 興奮したマリサが背中を反らせて笑うと、その拍子にじゃがいもがころん、とエプロンから飛び出した。


「あぁ!」


 慌ててそれを防ごうと手を伸ばしたものだから、エプロンの裾からほかのじゃがいももごろごろと床に落ちてしまった。


「やだ、マリサったら!」

「あららら、すみません……!」


 落ちたじゃがいもを2人で笑いながら追いかける。そのひとつがロイの足元に転がった。私が手を伸ばすより先に、ロイがそれを拾い上げた。彼はそれをしげしげと見つめた後、私に向き直った。


「私もお嬢様にお聞きしたいことがあったのです。こんな大きなじゃがいもがこの領で穫れるとは、私も驚きです。アク抜きのことといい、石灰のことといい、あなたはどうやって、そんなふうに次々と新しい技術を発見されるのですか」


 ロイの質問とも感嘆ともとれる発言に私は背筋が伸びる思いがした。本当のことなど言えるはずもない。世の中には必要な嘘もある。私も確実に、それを使いこなせるタイプの人間だ。


「さぁ、なんでかしら。本当にたまたま、なのよ?」


 私はごまかすような笑みを浮かべながら、彼からじゃがいもを受け取った。願わくばこの美貌が繰り出す「天使の微笑みごまかし技」が、この人に通じるといいな、と思いながら。





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