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スーパー執事が物申します

 我が家の執事兼秘書は優秀だ。


 まずは執事として。先日のアッシュバーン伯爵老やカイルハート王子からの使者のもてなしなどを卒なくこなしていることからも、おわかりいただけるだろう。その他、圧倒的に人手が少ないこの屋敷の維持管理のために手を打つことはもちろん、自らも率先して働いてくれるスーパーマンだ。特に我が家は男手が父しかいない。そのため畑仕事や家畜の世話まで彼は手伝ってくれる。執事なのに。


「旦那様がなさっておられるのに、雇われている私がしないというのは許されません」


 だからこの人はいつも執事服ではなく、略式の軽装でいることが多い。もっとも、先日の使者のように突然訪れる高貴な客人もいるため、即座に対応できるよう早着替えの術も心得ているし、仕事の配分や時間の調整をルビィと相談しながらうまくやりくりしている。


 次に秘書として。狭い領内とはいえ、王家から賜っている領地を管理するのは簡単なことではない。領主である父の仕事は領民たちの日々の暮らしを把握し、農作物の実りや家畜の様子にも気を配りつつ、負担にならない程度の税金を徴収して、それを元手に領内の差配をしていく。ほかにも精霊石の管理や他領とのやりとりなど、山のような業務を抱えている。到底父だけではやりきれないため、その補佐をしてくれているのが彼だ。そのため彼はよく馬に乗って父の代わりに領内を視察しては領民の声に耳を傾けている。秘書なのに。


 歳は両親と同い年だが、独身だ。そして見た目は父よりスマートだ。正装していたらどちらが貴族かわからない……なんてことは父の手前言わない。そして彼はよく両親に尽くしてくれている。大した給料は払っていないにもかかわらず。


 そんなスーパー執事が、荒れ果てた畑の前で落とした爆弾発言に、即座に反応したのは父だった。


「ロイ、やめなさい」

「ですが、旦那様。これは事件です。それも極めて悪質な。これを見逃すのは、犯罪を見逃すのと同じです」

「しかし……」

「旦那様もお気づきのはずです。この畑には、猪と思われる足跡がありません。足跡だけでなく獣のフンなども落ちていません。さらに、この荒らされようは……綺麗すぎます。本気でやっていないのか、もしくは、もっとやりたかったけれど、やりきれなかったのか」


 ロイと父のやりとりに私はしばし固まった。畑を荒らした犯人は猪ではないということ?


「猪でなければ、なんの仕業なの? ほかの獣?」


 思考が追いつかない私は思わずそう尋ねた。ロイは微かに首を振ってみせた。


「お嬢様、獣の仕業ではありません。おそらく、人為的なものかと」

「……!!」


 驚きのまま言葉を失った私に、ロイは手に持っていたロープを見せた。


「裏山の手前の柵を縛っていたロープです。昨年も猪の被害に遭いましたので、領民たちにも手伝ってもらいながら、より強固な柵を作りました。それが壊されていたのですが……。このロープは明らかに刃物で切断されています。猪や他の獣が突進して千切れたものではありません」


 彼が示したロープの断面は、確かに綺麗に切断されていた。何物かがかじったような痕でも、力任せに千切ったような痕でもない。


「どういうこと……? 人為的って、誰かがわざとやったってこと?」


 私の問いに答えてくれる者はなかった。しかしながら否定する者もいなかった。継母を見れば、私と同じように驚いた表情のまま固まっている。畑仕事に疎い彼女は、この畑が猪に荒らされたと素直に信じていたようだ。


 だが父は、複雑な表情をしていた。思えば先ほどからそうだった。何かを探るように畑を見回ったり、私の空元気になんとも言えない曖昧な相槌を返したり。父は、ロイと同じように、この荒らされ方が不自然だと気づいていたのだろう。

 私は答えを求めるかのように父を見つめた。


「アンジェリカ、すまない。おそらく、ロイの言う通りだ」


 謝罪は何に対してだろう。私の努力が水の泡となったことに対してなのか、それとも、この結果を猪の仕業だとごまかそうとしたことに対してか。


「誰かが、わざとこの畑を荒らしたのですね」

「その可能性がある、というだけだが。いずれにせよ、事件には違いない。きちんと調べよう」


 この世界には前世のような警察や司法といった明確な組織がない。各地域には自警団があったり、騎士がいるところでは騎士たちがそれを担っていることもある。そして領主がそれを兼ねているところもある。ダスティン領のような小さな領地では、こういうことも領主の仕事だった。


「旦那様、まずは柵の修理です。私たちだけでは大変なので、領民たちに手伝いを要請します。それと同時に、屋敷内の人間を調査しましょう」

「「屋敷内!?」」


 思わぬ提案に私と継母が声を上げる。ロイは冷静に自論を展開した。


「昨日の夕方まではこの畑は無事でした。ということは犯行は夜間に行われたということです。そして一番近いところに住んでいたのは我々です。まずは私たち自身を調査した方がよろしいかと存じます。もちろん、私も含めて、です」

「でも、屋敷の人間っていっても……」


 人数は決して多くはない。この屋敷で寝泊まりしているのは両親と私、それに使用人はロイとルビィ、マリサの3人。ミリーは通いなので夜はいないし、ルシアンの後任はまだ雇っていない。


「いったい何を調べるの?」

「夜に紛れて作業をしたのです。衣服などが相当汚れたものと思われます。それを隠し持っているか洗濯に出すか、処分するかしているかもしれません。それからこの畑の状況ですが、茎を自力でひっぱりあげたのなら手に怪我をしている可能性もあります。あとは、このじゃがいもですが、猪が食べ散らかしたように見せかけていますが、ほとんどは潰されています。おそらく固い物で潰したか、足で踏み潰そうとしたか……。そうした道具などは処分しきれないと思いますので、残されている可能性が高いです」


 彼の冷静な分析を聞きながら、ようやく私の頭も回り始めた。この畑に手を出した犯人。まず、私ではない。そして両親でもないと思う。彼らはいつだって私の味方だ。


 だから疑うべきは他の人間。ロイは今こうして犯人探しを提案してくれているくらいだから、容疑者から外すべきだろう。もちろんこれがミスリードの可能性もあるが、もし畑を荒らすことが目的なら、猪のせいにしておけばよかった話だ。


 残るはマリサ、ルビィ、そしてミリー。ただしミリーは通いのメイドで家族もいる。もし夜間にこっそり外出したとすれば、家族が不審に思うだろう。足も簡単についてしまう。何より彼女が畑を荒らす理由がない。


 マリサは住み込みのキッチンメイドだ。1人部屋に住んでいるから夜間の行動もしやすい。だが彼女はじゃがいも料理の熱烈なファンだ。今回の収穫も楽しみにしてくれていた。お料理教室でケイティが考案した新しい料理を、自分も試してみたいと言っていた。彼女が犯行に及ぶ理由も思いつけない。


 でも、ルビィは---。


 私はめまいがする思いでその結論を分析していた。ルビィが犯人だとすれば、原因は私への恨みだ。この屋敷に引き取られたことを快く思っていない彼女からは、何度か辛辣な言葉を投げつけられた。そんな彼女が、いい気になっている私を貶めるために、私が熱心に取り組んでいた秋植えを潰しにかかったことは、残念なことに想像できてしまった。


 何より彼女は、じゃがいも料理を快く思っていない。じゃがいもが、というより、私が考案したことが気に入らないのだろう。なんだかんだと理由をつけて未だじゃがいもを口にしていない。3食のまかないでもじゃがいもが入ったものには決して口をつけないのだと、マリサから聞いたことがある。


「マリサもルビィも、ミリーだって、こんなことするはずないわ」


 継母が震えながら呟いた。まるで自分に言い聞かせるかのように。


「だから、早く調べてしまいましょう。疑いはさっさとはらした方がいいもの」


 懸命に笑顔を作ろうとする継母を見て、私は祈った。どうかルビィが犯人ではありませんように、と。


 もし彼女が犯人なら、継母が悲しんでしまう。継母が子どもの頃から姉のように慕っていた人で、結婚してからも行動を共にしてくれた唯一の使用人。愛人となった私の実母を恨み、いつも継母のために心を砕いて行動してきた人。そんな人がこんなこととはいえ罪を犯したとなれば、継母はどれほど傷つくだろう。


 私はルビィが決して好きではない。でも今だけは、絶対に犯人であってほしくないと切実に願った。








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