サツマイモの季節です
月が変わって10月になった。
アッシュバーン領の鉱山の街にお嫁にいったルシアンが主宰する料理教室は、順調な滑り出しを見せていた。初日の結婚式で披露したポテト料理に満足した人たちの申し込みが殺到し、予約待ちという状況だ。
ルシアンがメイン講師を担当し、サリーとケイティ親娘がその補助をしている。明るく陽気なサリーが教室の雰囲気を盛り上げ、少々引っ込み思案だが料理やお菓子作りの才能がピカイチの娘のケイティがささっと手伝うなど、よいコンビネーションで回っている。また怪我で鉱山に働きに出られないダニエルさんが下拵えを手伝ってくれているおかげで、ハードワークにもならず楽しんでやれているようだ。ルシアンからは毎週、週報という形で手紙が届くことになっている。距離があるので数日遅れにはなるが、店の状況が知れるのはとてもありがたい。
彼女たちが頑張ってくれている分、私は私にしかできないことに取り組む。有言実行、屋敷に戻ってからもフル稼働だ。
秋植えしたじゃがいもは順調に育っているように見える。すでに発芽しており、春植えよりも勢いがよい。父が目を丸くしていたので確かだろう。やっぱり灰が効いているのだと思う。収穫は12月の予定だ。
だがその前にやらなければならないこと。それは——。
「お嬢様、いかがですか?」
マリサが興味津々で尋ねてくる。隣には同じ眼差しの継母。彼女たちに見守られながら、私はもぐもぐとゆっくり口を動かし、そして叫んだ。
「おいしい!」
途端に目の前の2人から「わっ」と歓声があがった。
「すごいわ!」
「すごいですねぇ。お嬢様、私たちも試してみていいですか?」
「もちろんよ、食べて!」
わくわくしながら口に運んで——たちまち顔を綻ばせた。
「おいしい!」
「なんですか、この甘さ。ちょっと癖になりそうですよ」
言いながら継母もマリサも2口目に手を伸ばす。私も負けじと追随しながら心の中でガッツポーズした。
(うん、やっぱりおいしい、前世で食べた通りの味!)
赤紫の皮に覆われた新たな食材を見てにんまりする。
10月はサツマイモの収穫期だ。
春にじゃがいもを植えていた畑は、じゃがいもの収穫後サツマイモ畑になる。我が家のサツマイモ畑も先日領民たちに手伝ってもらいながら収穫にあたった。家畜が食べやすいよう最終的には石臼で潰してしまうので、いつもなら大きなせんばこきみたいなのでガーっと掘り起こすようにして収穫していた。今年はアク抜きして食用化する目標があったので、皆丁寧に掘り起こしてくれた。
不毛の土地とはいえ、サツマイモの生育は小麦や葉物野菜にくらべたらまだいい方だ。それでも前世で見たような両手で支えるようなサイズ感はなく、大人の片手より小さめくらいだ。
無事収穫したサツマイモを、灰を一晩沈ませて作った上澄み液を用いて、じゃがいもと同じようにアク抜きに挑戦してみた。結果は……冒頭のとおりだ。
うまくいく自信はあったが、ここまでいい感じに再現できて嬉しい。
サツマイモの美味しさにすっかり虜になったマリサは、もう料理のことを考えはじめていた。
「せっかくですから、この甘さを生かした料理にしたいですね」
「蜂蜜や糖蜜をからめて炒めてみたらどうかな」
大学芋を想像しながら私が提案する。すでに茹でた後なので形崩れすると思うから、ポテトボールみたいに一度丸めて揚げてからからめるのがいい。
「いいですね、お塩も加えて、あまじょっぱい感じにすればおかずになります」
「パンやクッキーにも使えるわね」
こちらも手が止まらない継母が案を出す。サツマイモパンやサツマイモクッキーはじゃがいも以上の相性をみせるだろう。
「あとは、裏ごしして少し糖蜜か砂糖を加えたものをパイに敷き詰めるとか」
「それ、絶対おいしいです! 甘いおやつですね」
元案はスイートポテトパイだ。さくさくのパイとしっとりしたペースト状のサツマイモクリームはおいしくないわけがない。前世の記憶をぐるぐると辿りながら、そうだ!ともうひとつ思い出した。
「ねぇ、生クリームに混ぜてもおいしいと思うの。それでケーキをふちどれば……」
イメージはそう、モンブランケーキだ。サツマイモのモンブランは前世にもあった。ん? そういやこの世界にモンブランってないな。そもそも栗を食べたことがない。栗の甘露煮とかおいしいと思うし、それに栗とサツマイモをかけあわせたら栗きんとんもできる。今度山で探してみよう。
そんなことをつらつら考えながら3人でレシピを考案し、試作を続けた。やはりこの甘さを最大限に生かすべきという意見で一致し、主にスイーツやパン系の意見が多くでた。
いけると思ったものはさっそく領内の料理教室で紹介した。結果は大絶賛。いずこの世界も女性は甘いものが大好きだ。砂糖が貴重品であるこの世界で、自然な甘さが楽しめる果物や野菜は人気だが、それが人々にとって最も手に入りやすいサツマイモで叶うなんてと、みんな大喜びでさっそくご家庭に持ち帰ってくれた。
領内で紹介するのと同時にルシアンにも手紙をしたため、サツマイモがじゃがいもと同じ手順でアク抜きできることを知らせた。考案したレシピも同封したので、きっとあの町でもサツマイモ料理が大流行するに違いない。
女性たちをとりこにしたこの材料に、私は「スイートポテト」と名前をつけた。スイートポテト料理。うん、ネーミングセンスだよね、わかってるから言わないでほしいし聞かないでほしい(3回目)。
「熱心なのは結構だが、家畜たちの分も残してやってくれ」
苦笑しながら父が言うくらい、私たちはこの新素材を研究しまくった。
そうして領内で新しい流行を興している最中、父宛に一通の手紙が届いた。




