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ただ開店するだけでは面白くありません3

 神殿ではないが、ルシアンは父親に手をとられ、店の外から店内に入った。中には車椅子に乗ったダニエルさんが待っている。


 父親からダニエルさんへ、ルシアンの手が渡される。神官様が寿ぎを述べる中、2人は真剣に言葉を聞いている。


 周囲には私と両親、それに新郎新婦の家族が揃っていた。彼らを呼んだのは父の発案だ。本当は馬車を用意してあげたかったのだが、ダスティン家の馬車は自分たちが使ってしまっていたため、乗合馬車を都合して来てもらうよりほかなかった。もっとうちにお金があれば、早めについて一泊してもらうことも可能だったと思うのだが、そこまで至れなかったことを詫びると、ルシアン一家は「とんでもないことです!」と首を振った。


「娘の結婚式が見られるなんて、それも死んだ家内のドレスを着てくれるなんて、こんな夢のようなことがあるなんて。私らは一生領主様に感謝申し上げます」


 そう言ってくれた父親は今、涙目になりながらルシアンを見つめている。

 やがて神官の寿ぎが終わり、彼らは署名をして、晴れて夫婦となった。


「ダニエルさん、ルシアン、おめでとう!」

「おめでとう!」

「おめでとう!!」


 道ゆく人たちも、突然はじまった結婚式に興味津々で、足をとめては祝福の言葉をくれる。集まり始めた人たちを見て、私はサリーとケイティに目配せした。彼女たちは心得たとばかりに厨房から次々に料理を運んできた。


「さぁみなさま! 結婚式だけではありませんよ、今日はポテトお料理教室の開店日です。おいしいポテト料理を召し上がれ!!」


 店内には早くもいい匂いが充満しはじめていた。真ん中の竈で鶏の丸焼きがいくつか焼き上がっている。


 私はポテトボールが載った皿を持って、表に飛び出した。


「みなさん、おひとついかがですか? 揚げたてのポテトボールです!」

「あの、ポテトってなんなんだい?」

「じゃがいもを加工して食用化したものです」

「じゃがいもだって? あれは苦くて食べられたものじゃないよ」

「その苦みを中和して、私たちの口に合うように加工しました。おいしく召し上がれますよ」

「でも、芋なんて家畜の食べ物だし……」

「残念だわ、こんなにおいしいのに。ほら」


 私は手元のボールをひとつ口に放り込む。揚げたてなのでまだ熱々だ。今食べたのはバジル入りの方。口の中にさわやかな香りがひろがって、ますます食欲をそそる。


 私がそれを口にしたのがよほど驚きだったみたいで、声をかけてきたその男性はまるで何かを怖がるように少し後退りした。


 残念、と次のターゲットを見つけるべくあたりを見回すも、人々が私から遠ざかっていく。あちこちから「じゃがいもなんて……」と小さな侮蔑が聞こえていた。


 これじゃあ領で開いたお披露目パーティと同じだ。名前をポテトに変えても、何も変わらない。ルシアンの門出を祝う大事な場を失敗に終わらせたくない。


(どうしよう、誰か子どもに勧めようかな……)


 そのときだった。背後から聞き慣れた声が飛んできた。


「うわあぁ、始まるのに間に合わなかったのかよ、アンジェリカ、俺の分残ってるか?」

「……ギルフォード!?」


 振り向けばくすんだ金色の麦わら頭が私に向かって駆けてくる。


「嘘でしょ? なんであなたがここにいるの?」

「おじいさまと一緒に見にきたんだよ。あれ、これ何? なんかうまそう」

「え、これはポテトボールって言うんだけど……」

「この間おまえの家では見なかったよな。これもうまそう、いっただきま~す」

「えっ、ちょっと」

「うまい!! なんだこれ!?」


 目を丸くしたギルフォードが次々と手を伸ばす。それはまるで、領内のパーティでスノウがしてくれたみたいで……。


 はっとした私は、ギルフォードに向き直った。これは絶好のチャンスだ。


「これはポテトボールって言って、じゃがいもを潰したものを丸めて揚げたものよ。こちらのバジル入りは軽めの感じ、そしてこちらのチーズ入りは、ごはんのおかずにもなるくらいボリューミーな一品よ!」

「うまい、チーズの方も……あっつ。でもうまい!」


 うまいしか連呼しない残念な食レポだが、その光景を見た周囲がざわつきはじめた。いけるかもしれない、と私はギルフォードにさらに畳み掛ける。


「ギルフォード、中にはもっとたくさんあるわよ。この間食べた、マッシュポテト詰め鶏の丸焼きも、ポテトのアイスクリームもあるわ」

「やった! っていうかさ、ポテトって何?」

「じゃがいも料理の新しい名前なの」

「なるほど、ポテトか。よし、覚えたぞ。ポテト料理、最高だよな」


 1人盛り上がるギルフォードだったが、突然彼の背後に大きな影が近づいた。


「おまえは食べることばかり夢中になって……。アンジェリカ嬢にきちんとお祝いを伝えたんだろうな」

「伯爵老!」


 突然の重鎮の登場に、周囲もさらにざわついた。「領主様だ!」「ちがうよ、前の領主様だよ」と噂が伝播していく。


「アンジェリカ嬢、新しいお店の開店おめでとう」

「ありがとうございます。ですが、こちらはアッシュバーン辺境伯家のお店でございます。おめでとうと申し上げるのは私の方です」

「いやいや、実質はそなたたちの店だ。我々は場所を貸しているにすぎない」

「でも、ルシアンたちにお給金を払ってくださいます。それに、結婚式も行わせていただきました。伯爵老と辺境伯には何度お礼を申し上げても足りません」

「ふむ、結婚式には間に合わなかったようだな。この坊主が寝坊しての、ずいぶん馬を飛ばしてきたのだが」

「とんでもないことです。それに、式は終わりましが、披露宴が今からですの。伯爵老もよろしければおひとついかがですか。ポテトボールといいます」

「どれ、おいしそうだ。いただこう」


 そして伯爵老はポテトボールを口に放り込んだ。周囲からは悲鳴のような声があがる。


「伯爵老様がじゃがいもを食べたぞ!」

「嘘だろ……」


 騒然とした周囲は、次に伯爵老が「うまいな」と破顔したのを見て、さらに動揺した。


「この間男爵家でご馳走になったコース料理もよかったが、これもいい。長年騎士として過ごしてきた身としては、むしろ堅苦しい料理よりもこちらの方が好みだ」

「ありがとうございます。よろしければもうひとつ。こちらは違う味ですの」


 伯爵老に勧めている間にもギルフォードの手が伸びてきて、皿はどんどん軽くなっていく。


「みなさまもいかがですか? 伯爵老様のお墨付きですよ」


 今一度勧めると、先ほどまで波が引くように後ろに下がっていた人たちが、興味深そうに近づいてきた。そしておずおずと皿に手を伸ばす。


 その後のことは---言うまでもない。皆、はじめて食べる味に驚きを隠せなかった。


「なんだこれ、うまいぞ!」

「ほくほくしてて、いい匂いもするな」

「バジルやチーズが効いていて、酒が飲みたくなるな」


 ポテトボールが伝播していくのを確認しながら、私は店にとって返し、今度はポテトディップを載せたカナッペとポテトサラダを挟んだサンドイッチを持ってきた。


「さぁ、みなさん、新しいポテト料理はいかがですか?」


 人々がわっと押し寄せる。私は店内と外を行ったりきたりしながらお給仕に徹していた。





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