ただ開店するだけでは面白くありません2
午後12時少し前に、ダニエルさんの一家が到着した。黒いタキシード姿のダニエルさんは、車椅子に乗っている。車椅子といっても、前世のようなしっかりした作りではなく、普通の椅子に車輪をつけたようなものだ。彼は私を見つけると、近づいてきて、もう何度目かわからないお礼を述べた。
「まさかルシアンとの結婚式ができるなんて、本当に夢のようです」
興奮して頬を上気させる彼を、家族や友人たちがとりまいて見守っている。宣伝効果もあったのかお店の周りにも少しずつ人が集まり始めた。やがて、2階から継母に手をとられ、ルシアンがしずしずと降りてくると、周囲からわっと歓声があがった。
「ルシアン……本当に綺麗だ」
惚けたようなダニエルの言葉に、ルシアンは面白いくらい頬を染めた。
「ありがとう、ダニエル。あなたも素敵よ。その足で着替えるのは大変だったでしょう?」
「大丈夫だよ。君の準備の方がずっと大変だったろうから。本当に、僕は何もできなくて……」
「そんなことないわ。あなたと結婚できて、本当にうれしいもの」
「僕もだよ」
手を取り合う2人に、周囲から祝福の口笛が飛ぶ。
いつの間にか正装に着替えた父が、お店の外をきょろきょろと見遣っていた。
「そろそろ到着すると思うんだが……あぁ、来たようだね」
「領主様!」
通りの向こうから私より少し年上の女の子が駆けてきた。彼女に続いて少年2人、それを引き止めるかのような年上の男の子、そしてゆったりと男性が近づいてくる。
女の子の声に反応したルシアンが弾かれたように顔をあげた。
「えぇ!? リズ? 嘘でしょ、みんな……お父様まで!!」
そう、近づいてきた一家はダスティン領で暮らすルシアンの家族だった。
「お姉ちゃん!」
「こら、リズやめろ!」
ルシアンに飛びつきそうになる女の子を、一番年上の男の子が制した。歳の頃は17、8くらいだろうか。ルシアンには3人の弟がいるという話だったから、長男だろう。
「リズ、姉ちゃんがせっかく綺麗な格好してるんだから、汚しちゃったらダメだろ」
「はぁい」
「マロニー、どうしてあなたたちが……」
「領主様が招待してくださったんだ。乗合馬車のお代も出してくれて、それで、リズも連れて、みんなでルシアンの花嫁姿を見にこられたんだよ」
「そんな……」
ルシアンが泣きそうな顔で父を振り返る。父は嬉しそうにウインクして返した。
「ルシアン、見違えたな。本当に綺麗だ」
「父さん……」
最後に近づいたルシアンの父親が顔をくしゃくしゃにしながら彼女を見ていた。
「母さんがお嫁にきてくれたときのことを思い出したよ。そのドレスに身を包んで、まるで花の妖精かと思うくらい、とびきり綺麗だった。あんなに綺麗なものを見ることはもう一生ないだろうと思っていたけれど、まさかまた見られるとはな」
「父さん……!!」
感極まったルシアンは父親に飛びついた。それを見た一番下のリズが「あたしも!」と彼女にまとわりつく。結局ルシアンは家族全員とハグをして、久々の再会を楽しんだ。
「さぁ、神官様もおいでになったようだ。皆の者、結婚式のはじまりだぞ!!」
父の一声で、結婚式が始まった。