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さぁ植えましょう

 誕生日から数週間後。


 まだ高い日差しの中、私は後ろを振り返った。スノウとフローラが隣の畝に種芋を植えてくれている。ちゃんと私の指示通りに等間隔で作業しているのを見て、よしよしと自分の手元に視線を戻した。私の手元にも種芋があと少し。あの畝の端までいけば終了だ。やりはじめたときよりずいぶん慣れてきたのと、前世の感覚が蘇ってきたのとで、私の畝はもう土をかぶせるところまで終わっていた。


「アンジェリカ、芋がなくなったぞ!」

「ありがとう、スノウ。それなら畝の土をかぶせていってもらえる?」

「土をかぶせるって、どうやるんだ?」


 はてなマークを浮かべる彼を見て、あぁそうか、と思った。母方の従兄弟である彼らが暮らす子爵領の町は、小さな町とはいえ、ここよりはずっと栄えている。彼らの父親であるケビン伯父は現在、家具職人をしていて、主に貴族向けの高級家具を取り扱っている。故に親子揃って畑仕事には縁がない。「土をかぶせて」だけの指示では理解もしにくいだろう。


「いい? よく見ていてね。こうして種芋の両脇の土を寄せてくる感じよ。のせる量はこのくらい。ふわっと載せるのがコツよ。手や足で変に固めたりしないでね」

「わかった!」

「お姉ちゃま! あたしも終わったよ」

「フローラもありがとう! じゃぁ、そっちの土は私がやるね。フローラはバケツのお片付けをしてきてくれるかな」

「はぁい!」


 現在私は、従兄弟たちを総動員して(といっても2人だけだけど)、まさにじゃがいもの秋植え真っ最中だった。そう、8月末に石灰を混ぜた畑は、ちょうど植え時を迎えていた。二週間ほど寝かした土は、きっといい具合にアルカリ成分が効いているはず、と思いたい。


 ちょうどスノウたちが遊びにくるタイミングだったので、彼らに手伝いをお願いした。2人とも畑仕事は初めての経験で、こんな退屈な農作業も瞳をきらきらさせて取り組んでくれた。おかげで思っていたよりも早く終わりそうだ。


「それにしても、じゃがいもって秋にも植えられるんだな」


 自分で作物を育てた経験がないとはいえ、家で馬を飼っているスノウは、家畜の餌になるじゃがいもの収穫時期については知っていたようだ。


「まだわからないのだけど……うまくいくといいなと思って。秋植えが成功すればじゃがいもの収穫量は2倍になるのだし、そうすればじゃがいも料理もさらに普及すると思うの」


 じゃがいもはとてもたくましい作物だ。おそらく秋植えは成功するだろう。それよりも石灰の配合の方が本当は大きな賭けだった。だがその話を彼らにするわけにはいかない。


「うちでもじゃがいも料理が食べられたらいいのになぁ」

「スノウの家にはお手伝いさんがいるのよね」

「あぁ。でも、口で説明したけど、全然信じてもらえなかった。じゃがいもなんて食べられませんよ、ってさ」


 スノウの父であるケビン伯父はそこそこ有名な家具職人で、工房にも何人かの職人を抱える親方さんだ。貴族籍からほとんど離れているとはいえ、羽振りは相当いいのだとか。専属のメイドも抱えており、彼女がスノウたちの面倒を主に見てくれているとのことだった。


「たしかに、聞いただけじゃ信じられない話よね。実際に口にしてみるのが一番なんだけど」


 ほとんどの人間にとって、じゃがいもは食べられないものな上、家畜の食べ物だという意識が根強い。そこをひっくり返すのが難しいのだ。


 そしてそれは、月末に控えた、アッシュバーン領のルシアンのお店にもいえることだ。


 開店日にはじゃがいも料理をお披露目することになっている。せっかくの機会、怖がらずに食べてもらいたいから、家族と相談して秘策を準備中である。ルシアンのお店はなんとしても成功させなくてはならない。お金を出してくれたアッシュバーン家に対して、結果を示さねばならないし、何より新婚のルシアンが安心して生活できるだけの基盤を整えてやらなければならない。


 それにこの試みが成功すれば、第2第3のお店がアッシュバーン領内にできるかもしれない。そのノウハウを積み上げるためにも、今回のお店は試金石となりうる。


(大丈夫、きっとうまういく!)


 こぶしをぐっと握りしめて顔をあげると、納屋に片付けに行っていたフローラが戻ってくるところだった。


「これで畑は完成ね」


 2人の手伝いのおかげで、私の畑は綺麗な畝が並ぶ、とてもいい具合に整った。


「2人ともありがとう! お礼にじゃがいものアイスクリームを用意してるから、ぜひ食べていって」

「「やった!!」」


 道具を片付けてから屋敷へと戻る。ルシアンのお店の開店まで、あと1週間だ。







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