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6歳になりました

「アンジェリカ! 起きてちょうだい」


 枕元で聞き覚えのある声がする。私は夢うつつの状態から少しずつ覚醒する。アンジェリカの朝はいつも6時頃。起きると鶏小屋に卵をもらいに行って、ついでに餌と水をあげるのが日課だ。いつもは時間になるとすっと目が覚める。だが、ゆらゆらとする意識の中で拾ったのは継母の声。


 思わずはっと声を出して飛び起きた。


「嘘! 私、寝過ごした!?」


 継母が起こしにきたということはもう時間を過ぎているということ。私は慌ててベッドから這い出した。


「おかあさま、ごめんなさい、私、寝坊しちゃったのね」

「大丈夫、ほら、今6時になったところよ」


 継母の声と同時に柱時計が時を告げる音がした。合わせるように雄鶏の声もする。


「まだ6時なのね、よかった」


 寝坊したところで怒られるはずもないのだが、中身アラサーなだけにちょっと恥ずかしい。胸を撫で下ろしたところで、はて、と気になった。


 なぜ継母がここにいるのだろう。


「驚かせてごめんなさい、でもどうしても待ちきれなくて」

「待ちきれないって、何がですか?」

「アンジェリカ、お誕生日おめでとう!!」

「ええぇ!?」


 継母にぎゅっと抱きしめられながら、私は目を白黒させた。ええっと、昨日は8月最後の日だったから、今日から9月が始まるわけで……。


 あぁそうか、とすっかり目覚めた頭で思いだした。9月1日、今日は私の誕生日だ。



 前世の私の誕生日も同じく9月1日だった。そこは変わらないらしい。大きく変わるのは年齢。アンジェリカ・コーンウィル・ダスティンは今日、ようやく6歳になった。


「あなたの6の年の誕生日だもの。一刻も早くお祝いしたくて」


 着替えをしたあと、うきうきと私の手を引く継母と一緒に階下におりる。そのままダイニングに連れて行かれそうになったので、鶏小屋の仕事のことを継母に告げた。


「今日はお仕事はしなくていいわ。私もバーナードも、昨日のうちに仕事を済ませておいたの。今日はあなたとゆっくり過ごしたくて。さぁ、ちょっと早いけれど、朝食をとりにいきましょう」


 言われるがままにダイニングに入ると、こちらは父がお待ちかねだった。


「アンジェリカ、おはよう。そしてお誕生日おめでとう!」

「やだ、おとうさま、くすぐったいです」


 私が抵抗したのは、父がいきなり私を抱き上げて頬擦りしたからだ。口では嫌だと言いながらも、心の中は嬉しさでいっぱいだった。前世の妹のことは別として、家族というものに縁遠い生活を送ってばかりだった私にとって、この愛情は、頬擦りよりもくすぐったいものに思えた。


「本当なら6の年のお祝いは盛大にするものなんだろうが、その、私たちはどうしてもおまえと3人でお祝いしたくてね。それでパーティなんかは企画しなかったんだが……」

「おとうさま、私もそうしたいと思っていました。パーティなんていりません。それに、ここのところお客様も多くて、家族でゆっくり過ごせませんでしたから。私もおとうさまとおかあさまと一緒に過ごしたいです」


 大勢集まるパーティは決して嫌いではないけれど、しばらく家族で時間を過ごすことがなかったのも本当のことだ。私はこの機会をありがたいと思っていた。


「それじゃぁ、ちょっと早いけれど朝食をすませて、今日の予定を発表しよう」


 父に促され、私たちは朝食の席についた。



 朝食の席で、両親から誕生日プレゼントを渡された。父からはトゥキルス語の辞書とかわいいレターセット、継母からはポシェットと新しいピアノの楽譜だ。この国の文字の読み書きはもうできるので、最近は外国語を主に勉強している。将来、隣国にもじゃがいも料理を広めていくにあたって、もしかすると言葉が必要になるかもしれないと思い、特にトゥキルス語には力を入れていた。ピアノもずっと継母から教わっている。継母の父親は芸術院のピアノ教師だったということもあり、継母の腕前もなかなかだ。前世でピアノはやったことがなかったが、習い始めると意外と面白かった。


「おとうさま、おかあさま、ありがとうございます。本当に嬉しいです」


 実用的な品物が両親らしくていいなと、私はもらった品物を抱きしめて満面の笑みを浮かべた。


「さぁ、朝食が済んだら出かける準備だよ」

「出かける? どこかにいくのですか?」

「今日は3人でピクニックでもどうかと思ってね」

「ピクニック?」


 思いも掛けない提案に私は驚いた。継母が父の言葉に続く。


「今から台所でお弁当を作って、それを持って高台に行こうと思うの」

「あぁ、それでピクニックなんですね」

「えぇ。バーナードが馬の準備をしてくれるから、アンジェリカは台所を手伝ってくれるかしら」

「はい、わかりました」


 なるほどと納得した。いつだったか、父に連れて行ってもらった高台は、領内が一望できる。馬で向かう道中、領民のみんなとも顔を合わせるだろう。じゃがいも料理のおかげで私の存在はすでに知れているけれど、6の年の誕生日のお披露目にもなってちょうどいい。


 その後台所でマリサにも手伝ってもらいながらお弁当を作った。それをバスケットに詰めて、ピクニックの準備は万端だ。


 日焼けするといけないので帽子も準備してから外に出ると、父が馬を連れてきたところだった。我が家には2頭の馬がいる。一頭には父と私が乗った。私の腕にはお弁当が詰まったバスケット。うっかり落とさないよう、慎重に抱える。継母は貴婦人らしく、スカートのまま横乗りで馬に乗る。継母も一緒だから今日はそれほどスピードを出さない。


 ゆっくりゆっくり領内を進んでいく。途中、農作業中の領民の方々が手を止めて私たちを見ては、誕生日のお祝いの言葉をくれた。小さな子どもたちはわざわざ駆けてきて、足元でお祝いを言ってくれる。心なしみんなふっくらしてきた気がする。じゃがいもたくさん食べてくれていると嬉しいんだけど。最近はあまりにじゃがいもを使いすぎるせいで、家畜の餌分が心配になってきているほどだ。


 あと1ヶ月もすればさつまいもが収穫できるので、それまでの辛抱でもあるのだけど、芋類に代わる新しい餌についても考えていかなくてはいけない。じゃがいもの秋植えやさつまいもの食用化の見通しがたったら、そこも手をいれよう。





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