お料理教室のご提案です2
「ルシアン! あなた、じゃがいも料理作れるわよね」
「え? えぇ、はい。お嬢様に教えていただいて、家でよく調理させていただいています。うちは食べ盛りの男の子が3人もいますし、一番下の妹はまだ8歳ですが、料理が好きなようで、よく手伝ってくれますから」
「それよ! あなた、嫁ぎ先でじゃがいも料理教室を主宰してみない?」
「じゃがいも料理教室、ですか?」
「えぇ! ほら、今、アッシュバーン辺境伯家の料理人たちが我が家に来てじゃがいも料理の勉強をしてるじゃない? 彼らはとても勉強熱心だけど、そうは言っても辺境伯家の使用人、じゃがいも料理を領民にまで広めるには向かないわ。伯爵老は、まずは自分たちと自分たちが抱える騎士に広めようというお考えだけど、どうせなら領民にも広めちゃった方が有効だとは思わない?」
「アンジェリカ、ちょっと待ちなさい、それとルシアンとどういう関係があるんだい?」
父が割って入ったので、私は一から自分の計画を説明した。
「ルシアンには嫁ぎ先でじゃがいも料理教室を開いてもらって、領民の方にじゃがいも料理を伝授してもらうんです。そこに習いにきた人たちが自宅に持ち帰って調理を始めたら、一気に広まると思いません?」
「確かに、ルシアンはハウスメイドの仕事が多かったけれど、料理にも精通しているから可能ではあるかもしれない。しかし教室を開くといっても簡単なことではないよ。準備もかかるし、相応の資金もいる。何より、我が領と違ってじゃがいもをまだ知らないアッシュバーン領の民が通ってくるとも思えない」
「そこはアッシュバーン辺境伯の力を借りるのです」
「辺境伯の?」
「はい。教室の開店資金はアッシュバーン辺境伯家に出してもらいます。そして辺境伯の名の元に宣伝もしてもらうのです。辺境伯家としてもゆくゆくはじゃがいも料理を領内に広め、食料事情を改善させたいという狙いがあります。ですのでこの提案は辺境伯家にとってもメリットがあります。領民もまた、領主のお墨付きの政策ですから、多少半信半疑でも従わざるを得ません。ですが、それも初めだけでしょう。皆じゃがいものおいしさに気づいて、進んで学びにくるのは時間の問題だと思います」
「なるほど……」
「ルシアンの自宅の近くに教室を開けば、ご主人の世話をしながらでも無理なく働けると思います。それに収入も見込めますし、何より我が家がアッシュバーン家に恩を売ることもできます。一石三鳥です」
「いい案だとは思うが……、あとはルシアンがやりたいかどうかだな」
父の意見にはっとした。そうだ、これはルシアンの話だった。いくら私が最適と思っても、彼女が難色を示すなら意味がない。私は彼女の助けになりたいのであって、負担を増やしたいわけでも嫌なことを強要したいわけでもない。
「ルシアン、アンジェリカの案はどう思う?」
「あの、私……、お嬢様の提案は素晴らしいと思います。もし、私にやらせていただけるんでしたら、やってみたいです」
「ルシアン!」
私は椅子から飛び上がって彼女に駆け寄った。
「ありがとう! これが成功したら、本当にすごいことよ!」
「そんな、お嬢様……。私の方こそありがとうございます。本当は、ここでお嬢様が発案されたじゃがいも料理のことを、もっと学びたいと思っていたんです。じゃがいもが食べられるようになったおかげで、我が家もずいぶん助かりました。10代の男の子3人がおなかいっぱい食べられるようになりましたし、一番下の妹は、本当は甘いお菓子が大好きなんですけど、小麦や牛乳が貴重なので、あまり食べさせてやれなかったんです。でも、お嬢様がじゃがいものクッキーやアイスクリームを作ってくださったおかげで、今年の夏は今までより多めに食べさせてやることができました。きっとうちと同じような悩みを抱えているご家庭も多いと思うんです。そうした方々の力にもなれますし、この提案はとてもありがたいです」
控えめながらも芯は強くて、しっかりと意見が言える人。彼女なら料理教室を任せても大丈夫だと私は確信した。
「そうと決まれば大急ぎで準備しないと。おとうさま!」
「わかっているよ。伯爵老と再び交渉だな」
苦笑しながらこちらを見る父、さすが、よくわかってらっしゃる。
「あぁ、そうだわ、私ったらすっかり忘れていたわ」
「お嬢様? どうされました?」
「お祝いを言うのを忘れていたの。ルシアン、結婚おめでとう!」
私は勢いよく彼女のエプロンに抱きついた。ルシアンは大きな笑みを浮かべ「ありがとうございます」と私を抱き返してくれた。
そこから話はとんとん拍子に進んだ。
伯爵老と交渉すべく手紙を出したが、返事はなんと息子である現辺境伯から届いた。ちょうど我が家でじゃがいも料理について学んだ料理人たちが自領に戻り、辺境伯夫妻もじゃがいも料理の真髄について知りえたことが大きかったようだ。
西部地域に大きな穀倉地帯を有するとはいえ、自前の騎士団を抱える辺境伯家の食料事情は決して安定しているとは言い難い。じゃがいもを使って食料問題を解決することは、自領の維持と発展に大きく関与することを、聡い夫妻は理解していた。「じゃがいも料理に関して普及に努めてくれる人材を提供してもらえるのはありがたい」と、ルシアンの着任を待望してくれた。
店舗の準備は辺境伯家が行い、料理教室に通う生徒も辺境伯の力で集めてもらえることになった。生徒は全員無料で習うことができ、ルシアンには辺境伯家からお給金が出るという仕組みだ。
また、ルシアンひとりで切り盛りするのは困難と思われたため、ダスティン領から2名の女性も補助係として同行させることにした。彼女たちのお給金も辺境伯家もちという破格の待遇だ。ただし、期限付きの契約ではある。期間は約半年。その間に街の住民にじゃがいも料理を伝授し、じゃがいもの食用化を推進すること、というのが条件だ。辺境伯家とて無尽蔵にお金があるわけでもない。じゃがいもが十分普及すれば用がすむ話というわけだ。
ただ、半年後にルシアンはじめ私たちが自力で店を運営したいというのであれば、それもかまわないとの確約も頂いた。この条件をルシアンに知らせたところ、それでもやってみたいと返事してくれた。
「半年経てば彼の怪我も治るでしょうから、そのときに私が仕事を失ったとしてもどうにかなると思います。それよりも、半年だけでもじゃがいも料理を広めることができれば、私も嬉しいですし、旦那様や奥様、お嬢様にも恩返しができますから」
ルシアン、なんていい子なんだろう、あたしがお嫁に欲しいくらいだ、と心の中で感動のあまりむせび泣いたほどだ。
辺境伯からの色良い返事とルシアンの健気さに舞い上がった私は、どうせならもうひとつルシアンのためにと思い、アッシュバーン辺境伯にある提案をした。数日後、こちらに関してもOKの返事を貰えたため、私は両親や領民たちと相談しながら、ルシアンのお店の開店準備を進めた。