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じゃがいものフルコースはいかがですか?3

「これは革命だ。じゃがいもは十分食用に値すると、断言できる。とくに小麦と混ぜていろいろ代用できるところがいい。もちろん、そのまま食しても十分おいしかった。だが、現在、主に家畜に食べさせるものという認識をひっくり返すことが、まず難しいのではないかと思う」

「えぇ、わかります。我が領でも初めはそうでした」


 父が神妙に肯く。確かに、あの披露パーティの場で領民たちにじゃがいもが食べてもらえたのはラッキーだった。スノウが機転を効かせてくれて、たまたまおなかをすかせた子どもが食べてくれて、両親も後押ししてくれて……。私ひとりが勧めただけでは、誰も手をつけようとしなかったのだ。


 伯爵老はしばらく腕組みした後、深く息を吸った。


「我が領で広めることはできると思う。我らが率先してやればいいだけのこと。だが王国中に、まして他国に広めるとなると、並大抵ではないな。しかしながらアンジェリカ嬢は、我が領だけでは満足せぬのであろう?」

「はい!」


 もちろんだ。なぜならこれを他国にまで広めなければ、食料問題を大陸中でクリアしていかなければ、ミシェルが死んでしまうかもしれないのだ。


 私は伯爵老の言葉を待った。


「……。確かにそうだな。我が領だけが裕福になっても、またぞろお隣からちょっかいを出されては困るからの。この方法を他国にも広めることは私も賛成だ。だがまずは、王都を、この国の貴族を攻略せねばならぬ」


 そうだ、いきなり他国になど売り込めない。まずはこの国全土に浸透させることが重要だ。


「マクスウェルの倅に委ねるのが妥当かもしれんの」

「マクスウェル……」


 その名前を脳内でフル検索する。もしかしなくとも、アレだろうか……。背中に冷たい汗が流れる。


「なるほど。宰相様ですか」


 父の肯定に「やっぱり」と納得した。マクスウェル侯爵家。代々王家の宰相職を務める、この国の重鎮だ。貴族名鑑にもばっちり載っていた。


「私がやりあったのは先代だからの、今の倅はよくは知らんが……。まぁ、王都にいる息子を通じてどうにかつなぎがとれるだろう」

「王都の御子息といいますと、ご長男殿ですな。王立騎士団の副団長をされておられる」

「あぁ。団長殿は国防の重鎮として国王や宰相殿との国政会議にも出席しておる。息子が代理で出ることもあるそうだから、そう遠いわけでもない。まずそのルートから宰相殿に面会の打診をしてみよう」

「あ、ありがとうございます!」


 一気に国のトップ機関にまでつながった。さすがは元辺境伯爵様だ。私は震える手を抑えることができなかった。


「何、私はもう一線からは退いた身だ。何ができるわけでもない。だからこそ、若い者たちが何をしてくれるのか、見てみたいという思いが強いのだよ。アンジェリカ嬢はいささか若すぎる気もするが……まぁ、よいだろう。楽しみにしておるぞ」

「はい! ご期待に添えるよう、精一杯努めます!!」

「それほど気負うことはないぞ、うちの坊主のように、皿を舐め回してもいいくらいの年頃だ」

「それは…ちょっと……」


 ちなみにギルフォードはパンケーキの切れ端を使ってジャムやクリームをこそげとっている。「舐め回す」というのはさすがに言葉の綾だが、今の動作も決して御行儀のよいものではない。


「それにしても、アンジェリカ嬢の年齢は当たり年のようだな」

「……? 伯爵老、どういうことでしょうか」

「まずは王家の一粒種であるカイルハート王子殿下が今年7歳になられるのを筆頭に、各家に評判の子息令嬢が揃っていると噂だ。有名なところでは、今も話題に出たマクスウェル侯爵家。現在の宰相の息子も殿下と同い年だが、幼いながら神童と呼ばれるほどの出来らしい。それにハイネル公爵家の御令嬢--確か、エヴァンジェリンといったかーーは、アンジェリカ嬢と同い年ではなかったかな。小さいながらも完璧な淑女との評判のようだ。うちの小童も同い年なのだが……まぁ、先が思いやられるの」

「……」


 伯爵老のセリフに出てくる名前に思わず顔がひきつる。宰相の息子、公爵家の御令嬢、貴族名鑑をめくったときにも出てきた面々だ。そしてできることなら近づきたくない。激しく、ない。


 じゃがいも料理はぜひ王都をはじめ全国に広げたい。だけど私が彼らと遭遇することだけは避けたい。もちろん殿下ともだ。だけど今のこのルートって、確実にいくつかのフラグに近づいてなくない?と思わなくもない午後の昼下がりであった。



「ダスティン男爵、奥方殿、それにアンジェリカ嬢も、今日は世話になった」

「こちらこそ、このような狭苦しい領に伯爵老をお迎えできるとは思わず、望外の喜びでした」

「至らぬところも多くて申し訳ありません」


 伯爵老にキッチンでじゃがいものアク抜きの方法を説明し、(いち)段落ついたところで、彼らは帰途につくことになった。少しの時間も無駄にしないところは昔のままのようだと父がひとりごつのを耳にし、質実剛健な騎士様らしいなと思った。


「アンジェリカ嬢、それにしても、ままごとの最中でこの方法を思いついたというのは本当かね?」

「……本当です」


 伯爵老と目を合わせないよう、少し顔をそらして答える。嘘をつくのは心苦しいが、事実を言うのはもっと心苦しい。


「……ふむ。遊びからこんなとんでもない方法が編み出されるとは。それにそのほかの料理を考案したのも奥方殿やキッチンメイドでなくそなただと」

「……ままごと、好きなんです」


 アンジェリカお得意の天使の微笑みを浮かべ、なんとかやりすごす。


「まぁ、よい。……ダスティン男爵」

「は!」

「よい娘御を迎えられたの。どうかこの子の才能を惜しみなく育ててやってほしい。この子は将来、さらに大きなことを為すかもしれんからな」

「過分なお言葉、ありがとうございます。もちろんでございます。この子は我が領の希望です。もちろん、私と妻にとっても」


 父が私の肩に手を置き、私をそっと引き寄せた。


「アンジェリカ、また遊びにくるからな」

「かまわないけれど、ひとりでくるのはやめてよね。ちゃんと大人の人に連れてきてもらってね」


 ともするとひとりで飛び出してきそうなギルフォードに釘を刺す。この子「腹へった~」とか、そんな単純な理由でひょっこり現れそうだ。


「俺はひとりでも大丈夫だ」

「全然大丈夫じゃないから言ってるの! 馬に乗れるからって、なんでもできると思わないでよね」

「おまえは乗れるのか?」

「……うっ。乗れないけど」


 たまに父にのせてもらうことはあるが、ひとりで挑戦したことはない。


「なんだ、体術ばっかじゃなくて、馬術も鍛えないと、立派な騎士になれないぞ」

「体術なんて鍛えてません! ていうか騎士になんてならないし!!」


 私たちのやりとりを大人たちが大笑いしながら眺めている。


「もう! あなたのせいで笑いものじゃない! そのクッキーとパン返してもらおうかしら」

「なっ! これはもう俺のものだっ、返さないぞ!!」


 すでに馬に積んである荷物をかばうように両手を広げる。本当にクッキーが気に入ったんだな。


「伯爵老にレシピをお渡ししたから、自分のおうちでも作ってもらうといいよ」

「あぁ! 王都にいるカイルと兄上にも教えてやるよ」


 そしてギルフォードと伯爵老は馬上の人となった。


「アンジェリカ嬢」

「はい」

「アク抜きの方法と、いくつかレシピは教えてもらったが、やはり実際に作れる人間がいた方が習得も早いと思う。近いうちにそなたか、キッチンメイドか、誰でもいいのだが、教えてもらえるとありがたい」

「承知しました! 現在我が領では定期的に領内の者が集まってじゃがいも料理の講習会を行っています。そちらにご参加いただくか、もしくは私どもの方から今一度アッシュバーン家の館にお邪魔してお伝えしてもかまいません」

「なるほど! それはよいな。検討させてもらおう」

「よろしくお願いします」

「それではまた、近いうちに」


 私たちに見送られながら、伯爵老とギルフォードは馬を駆り、ダスティン領を後にした。




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