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じゃがいものフルコースはいかがですか?2

 私の合図で、ロイとルビィとメイドのルシアンが料理を運び出す。


 食堂に入るのはロイとルビィ、それに私。2人が食事をサーブする時間を使って、私は今日の前菜の説明をした。


「まずは前菜からです。じゃがいもの三段ムース、きのこ添えでございます」


 伯爵老とギルフォードの視線が、3色の層になった目の前の料理に釘付けになる。


「ここに、じゃがいもが入っているのかね?」

「はい。一番下の緑の層はじゃがいもとブロッコリーのペースト、二段目はじゃがいもにチーズを少し混ぜたものです。一番上のオレンジはにんじんを混ぜたペースト。最上段にはあぶったきのこを載せています。ソースはタルタルです。このように、じゃがいもは他の野菜と混ぜても使用できるということを堪能いただきたくてご用意しました。どうぞお召し上がりください」


 実はこの前菜が一番苦労した。フルコースと銘打ったからにはそれなりな高級感漂うものも用意したい。そのためにはまず、最初にインパクトを与えておきたい。試行錯誤を重ねた結果、ほかの野菜も混ぜて使用することを思いついた。


「ほう、これがじゃがいもの味か」


 はじめてそのものを食べた伯爵老が信じられないと目を丸くする。


「やわらかい舌触りは調理法のおかげとしても、この味……。じゃがいものエグみがまったくないな」

「えぇ、私たちも初めは驚いたんですよ。あの苦さはどこにいったのか、と」

「本当に、灰と一緒に煮込んだだけでこうなったと?」

「もちろんです。よろしければあとでその作業もご覧になりますか?」

「ぜひ頼む」


 大人たちがその隣ではギルフォードが、所作は大きく問題ないがえらい勢いで皿を空にしていた。にっこりしているところを見ると満足のようだ。


「ギルフォード殿は野菜も苦手ではないとみえる」


 父の感想に、ギルフォードは大きく頷いた。


「はい、俺……じゃない、僕、好き嫌いはありません」

「そうでなくともこの前菜は味もいいから、野菜嫌いの子どもでも喜びそうだの」


 伯爵老が誰を想像しているのか容易に察しがついて、私は思わず吹き出しそうになった。


 皆の皿が下げられ、続いて運ばれたのはヴィシソワーズだ。前世でもおなじみの冷たいじゃがいもスープ。こちらは私のお披露目パーティで披露し、領内のおかみさんたちに絶賛だった自信作だ。同時に運ばれたのはじゃがいもを練り込んだパン。伯爵老もギルフォードも満足そうだ。


「このパンも、普通のパンと比べてなんら遜色がないな」

「えぇ。領内で一番広まっているのが、じつはこのパンなんです。我が領は毎年小麦の収穫に苦心していますので、それを補える食材として非常に重宝しています」

「うむ。領民もそうだが騎士団でも使えそうだ。何せ我が領でもひとつの砦に数百の騎士を抱えておるからの」


 そうだった。辺境伯は国境の要で、私兵を持つことが許されているが、その食い扶持は自分たちで稼がなければならない。鉱山を有しているため裕福な土地とはいえ、その数を支えるのは容易ではない。彼らは騎士の身でありながら、普段は農作業や狩なども行う。騎士と言えば馬に乗り剣を取る勇ましい姿を想像しがちだが、平時にやることがない場合は庶民的な生活を送っている者も多い。


 パンのおかわりと一緒に、次に運ばれてきたのは魚料理だ。サーブされるのを見ながら私は口を開いた。


「川魚のじゃがいもガレットでございます。川魚は昨日領内で釣り上げたもので、淡白な味わいが暑い夏にもぴったりです。通常は塩焼きにすることが多いのですが、今回はつぶしたじゃがいもを薄く伸ばして油で揚げたものでサンドしました。ソースにはコンソメのジュレを添えました」


 じゃがいもの食用化に成功したとはいえ、欠点もある。それは「潰した状態でしか使えない」ということだ。


 アクを抜くためにかなりの時間煮るため、煮崩れすることが多く、さらにそれを料理用に煮炊きするので、形を留めないものも多い。パンなど、別のものに練り込むにはちょうどいいのだが、いかんせん、潰した状態だけだと料理としては飽きてしまうのだ。


 それをどうにか打破したくて考えたのが、薄く伸ばして油で揚げる、という手法だった。これだと前世でいうところのハッシュドポテトみたいな様相になる。そして油で揚げたそれは、淡白な白身魚にちょうどよかった。


「なるほど、油で揚げるとこうなるのだな。これはこれで食欲をそそりそうだ」


 きつね色に揚げたハッシュドポテト風ガレットを切り分けながら、伯爵老が満足げに頷いた。一口食べたギルフォードも「あふっ」と熱さに声を漏らしながらも手を止めない。


 魚料理まではばっちりだ。次はメインの肉料理。


「肉料理は鶏の丸焼きでございます」

「ふむ、鶏か?」


 伯爵老が意外そうに呟く。ただし、この「意外」は逆の意味、おそらく「がっかり」だろう。それを予測していた私は先手を打った。


「ご承知のとおり、鶏の丸焼きはごく一般的な料理で、貴族でなく普通のご家庭でも、特別な日などには食べることができます」


 ほとんどの農家において鶏を飼っている。雄鶏やもう卵を産まなくなった雌鳥は、最終的にはしめて食される。そのため、鶏料理はさほど珍しいものではない。


「私はこのじゃがいもを、一般家庭にこそ広めていきたいと考えております。そのため、メイン料理はあえて、誰でも簡単に食べることができる料理をご用意いたしました」

「なるほど、確かにそうだな」


 私の言葉が終わるのと同時にロイが大きな皿を運んできた。この料理だけは個別にサーブされるのでなく、まず大皿で出され、皆の前で切り分けることになる。


 ロイが蓋をあけると、焼けた鶏とソースの濃厚な香りがあたりいっぱいに広まった。ギルフォードが唾を飲み込む音が聞こえる。あんた、大人と同じだけの量をもう食べてるよね? まぁいいけど。


 皆の前でロイが鶏にナイフを入れた。じゅわっと肉汁がこぼれ、ソースと混じり合う。鶏のお腹の中にはたくさんのハーブと一緒に、にんじん、豆、それに、潰したじゃがいも、いわゆるマッシュポテトがたっぷり詰められていた。マッシュポテトはそこだけでなく、別の皿にも用意してある。ロイははじめに私が指示していたとおり、肉と野菜、それに大量のマッシュポテトをひとりひとりにとり分け、ソースを添えた。ルビィがそれをサーブして回る。


 肉汁とソースがたっぷりからんだマッシュポテト、私は自分のお披露目パーティでこれを食べたとき、涙が出るほど感動した。前世で食べたあの味、そのままだった懐かしさもあるが、何より純粋においしいのだ。


「ぜひお召し上がりください」


 きらきらの眼差しで絶賛勧めると、すでに匂いでだいぶ攻略されていた2人は勢いよくナイフをいれた。


「こ、これは……ソースと混ざり合うじゃがいもがこんなにうまいとは!」

「おじいさま、これ、おかわり欲しいです!」


 秒でじゃがいもを空にしたギルフォードが、礼儀も何もかもかなぐり捨てて目をくりくりさせた。父が苦笑してロイに目配せし、ギルフォードの皿にマッシュポテトが追加された。


「私もいただこう」

「!!!」


 ギルフォードに続いて伯爵老までおかわりを所望したことに全員が驚きつつも、次の瞬間、父がそれに倣った。


「では私もいただきましょう。この料理はついつい食べすぎてしまうのですよ、もちろん、じゃがいもをですが。芋類なのでカロリーもそこそこありますからな。日々鍛錬をされておられる伯爵老ならまだしも、私など、これ以上太ったら妻と娘に見限られてしまいそうですが」

「まぁ、あなたったら」


 くすくす笑いながら継母が横目で父を見る。父の皿にもマッシュポテトが盛られ、別皿のじゃがいもはなくなってしまった。完食だ。でもまだ終わりじゃない。


 肉料理の皿をさげた後は口直しのソルベ。運ばれてきた薄いクリーム色のそれを見て、伯爵老がにやりと笑った。


「これももしかして?」

「はい、じゃがいものアイスクリームでございます」


 当然とばかりに胸を張る。ここまできてじゃがいもなし、なんて生温いこと、このアンジェリカはしませんよ?


「ふむ、風味は少し野菜の香りがするか。しかし悪くない」

「あの、これもおかわり!」


 すでに遠慮を捨てて踏み倒したギルフォードが、今度は直接ロイに訴える。「すぐにお持ちします」と乱れもなく答えた執事兼秘書、ちなみになんでこんな貧乏領に仕えているのか不思議ってくらい仕事ができる人だ。


 アイスクリームでひと心地ついたあと、デザートとコーヒーを運んだ。デザートはじゃがいもを練り込んだ薄いパンケーキだ。ベリーのジャムを挟んだものと、カスタードクリームを添えたものの2種類。そちらも満足そうに食べていただいて、本日のランチコースが終了した。


「これは、確かに革命だな」


 コーヒーを飲みながら伯爵老が静かに、しかし芯のある声で呟いた。





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