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終わり方ってこれでいいんですかね?1

「さて、アンジェリカはここに残りたいのよね? 殿下はどうされますか? ギルフォードの誕生会はまだ続いておりますが、会場に戻られますか?」


 パトリシア様の問いに、殿下は「そうだなぁ」と呟いた。戻ってくれて一向に構わない、というかむしろ戻ってくれ、私の心の平穏のために、と思ったが、パトリシア様の手前黙っておく。そしらぬふりをしながら、出していただいたお茶に口をつける。私のこのあとの予定としては両親と合流し、うちから御者が迎えにきたタイミングでこのお城から失礼するのみだ。


「アンジェリカは戻らないの?」

「わたくしですか? えぇ。ドレスもダメになってしまいましたし。このドレスは素敵ですけれど、人様のパーティに出るには少し派手すぎますし。もうすぐ両親が来てくれることになっていますから、ここで待たせていただきます」


 きっぱりと答えるも、殿下は首を傾げてうーんと唸っている。なんだ、何をそんなに迷う必要があるのだ、会場ではミシェルもギルフォードも待っている。ここにいても退屈なだけだろう。


 そこまで考えて、私は、あっ!と思い出した。


「殿下、ひょっとしてじゃがいもクッキーのことを気にしてらっしゃいますか? 大丈夫ですよ、あとで会場に届けるよう、使用人の方にお願いしておきました。ここで私と一緒にいなくても召し上がれますよ」


 本当はほかの貴族たちにも大々的に披露したかったが、子猫ちゃんたちが食べてくれるとも思えないし、そもそもの目的、伯爵老やアッシュバーン辺境伯に話が通せたので、そこまでこだわる必要はもうない。ただ、殿下は昨日からとても楽しみにされていた。そのことを思い出してそう告げる。


 しかし殿下はまだ悩んでいるようだった。

 そのとき、部屋にノックの音が響いた。


「失礼いたします、奥様、ダスティン男爵夫妻とミシェル様をお連れしました」

「あら、ミシェルも一緒なの?」


 パトリシア様が驚きながら扉を見遣る。両親に続いて確かにミシェルの姿があった。


「アッシュバーン辺境伯夫人、このたびは娘がお世話になりました」

「あら、男爵、頭をあげてくださいな。ご令嬢にはこちらが助けていただいたようなものです」

 お礼を言いながら私を見た両親は見事に破顔した。


「やぁ、アンジェリカ、素晴らしいじゃないか」

「本当に、なんてかわいらしいのかしら」


 人前でも親バカ露出を隠さない両親に苦笑しつつ、私はソファから立ち上がった。


「おとうさま、おかあさま、辺境伯夫人に大変よくしていただきました」

「本当に。パトリシア様、ありがとうございました」


 継母の礼を、夫人は笑顔で受け止めた。


「いいえ、いいんですのよ。うちには娘がいないから、私も楽しませてもらいました。アンジェリカは何を着せてもよく似合うから、メイドたちも張り切ってしまって……。そうそう、このドレスですけれど、よろしければそのままお持ちになって? アンジェリカにプレゼントしたいのです」

「えっ、このドレスをですか!? ですが……」

「遠慮はなさらないでくださいな。このドレスは、まぁ、その、長らくうちにあったのですけれど、着る者ももういませんので、受け取っていただけると嬉しいわ」

「本当によろしいのでしょうか、こんな高価なものを……」

「もちろんですわ。元はといえば我が家のパーティでの失態ですもの。これくらいですませていただけるとは、思ってもおりませんが……」

「そんなことございません、小さな子どもたちの集まりですもの、何があってもおかしくありませんでしたわ」

「そう言っていただけるとこちらとしてもほっとします。そうそう、アンジェリカの着ていたドレスは今、我が家でクリーニング中ですわ。我が家の名にかけて元通りきれいにしてみせますので。ただ、水の精霊石を使っても、今日のことにはなりそうにありませんの。できれば明日まで待っていただきたいのですが」

「明日ですか?」


 継母と父は顔を見合わせる。本来なら今日のうちに戻る予定だった。うちからはすでに御者が馬車とともに到着しているかもしれない。


「御者も馬も、もちろんうちで手厚くお迎えいたします。なんでしたら御者の方にはいったんおかえりいただいて、明日、我が家の馬車でお送りすることもできます」


 うちの御者は若い領民だ。彼は今日仕事を休んで私たちを迎えにきてくれている。彼の都合もあるだろうから、延泊できるかどうかは彼に聞いてみないとわからない。そのあたりも察して提案してくる辺境伯夫人もまた、なかなかな人物だと思った。


「わかりました。我々は大丈夫です。馬車の件は御者が到着次第、ということでよろしいでしょうか」

「もちろんですわ」


 なんと、このお城にもう一泊ということで、大人たちの話が合意した。

 そんな大人たちの隣ではミシェルが殿下に様子を確認していた。


「殿下、大事はありませんでしたか」

「うん、大丈夫だよ。それよりミシェルはいいの? パーティを抜けてきて」

「今日の主役はギルフォードです。私はもともとここにはいないはずの人間でしたから問題ありません。それに、私の主人はあなたですから、ここにいるのが当然です」

「じゃあミシェルもここで一緒にお茶しようよ」

「はい?」


 二人の会話に思わず口を挟んでしまった。なに? ここに残るの? なんで?


「だって、あっちに帰ると、また誰か突進してきそうなんだもん」


 大人たちには聞こえないように小さく呟く殿下を見て、ミシェルが少し眉をひそめた。


「申し訳ありません、私が傍にいながら……」

「ううん、ミシェルは悪くないよ。ああいう子たちって王都にもいっぱいいるもんね。母上のお茶会なんかでよく見かける」


 彼のセリフから、先ほどの光景を思い出した。子猫ちゃんたち相手ににこにこ接してらっしゃると思っていたが、意外と辟易していたのか……ていうか、彼女たちの熾烈な争いに気づいていたのか。小さいながらこちらもなかなかだ。


「アンジェリカはあの子たちと違うよね。全然僕に突進してこないし。ミシェルにも、ギルフォードに……は突進したのか」

「してません!!」

「でも、ギルが……」

「だからあれは! なんていうか、ちょっとした意見の相違です!」

「あっ、そうか、体術の訓練だったんだよね」

「それもちがいますから!!!」


 あの麦わら頭、何広めてくれてるんだ……。最大の獲物である殿下がこちらにいて、ミシェルもこちらにいて、ひとりで子猫ちゃんたちの相手をしているだろうことを想像してちょっと同情的だったけど、今のできれいさっぱり吹き飛んだからな。


「あらまぁ、三人とも仲良くなったのね。それじゃぁ私たちはこちらでお茶にしましょうか」


 パトリシア様が朗らかに言って、うちに両親を別のテーブルに誘った。この応接室には応接セットが3つもある。メイドが新しいお茶を準備しはじめる。え、ちょっと待って、私もそっちがいい。殿下と一緒とか、ハードル高すぎる。


「おとうさま……」


 かくなる上は父に縋ろうと立ち上がりかけたとき、父が笑顔で振り返った。


「そうだ、例のクッキーだけど、こちらに運んでもらうよう、ベイル殿に頼んでおいたよ」

「あら、素敵。私も食べてみたかったんです。義父からおいしかったって聞きましたのよ」


 パトリシア様が手をぽんと打って喜ぶ。いや、おとうさま、そんな気遣いいらないよ。


「そうそう、何人かの御子息におまえはまだ戻ってこないのか聞かれたんだが、適当にかわしておいたからな」


 そう言い足して父はパトリシア様のテーブルについてしまった。御子息? 子猫ちゃんたちの身内とか、その他に招待されていた男の子たちのことかな? なんか顔ほとんど覚えてないんだけど。ていうか私、彼らと交流しとかなきゃいけないんじゃなかった? だって将来の領主候補たちだよ、今から交流を深めておくべきだったし、もしかしたらうちの婿になってくれる人もいたかもしれないのに。


 とんだ社交デビューになってしまったな、と心の中で嘆息する。


 やがて届いたクッキーに、殿下は興味津々だった。にんじんが入っていると伝えると最初は怖々だったが、一度口にすると「おいしい!」といくつもおかわりしていた。


 そんな光景を見ながら、とくん、と波を打つ心臓に手を当てる。私の中のアンジェリカは彼に恋をしたいのかもしれない。でも現実の私にはそれができない。なぜなら私は男爵家を継がなければならないし、殿下は一人息子で次期国王だ。


(大丈夫、私が彼を好きになることはない)


 相手は6歳の子どもで、私は見た目は5歳だけど中身はアラサーで。もちろん、このアンジェリカはそのうち、年相応の人と結婚することになる。今から十数年後、でも、そのときのお相手は、殿下であるはずがない。


 この光景は今だけだ。殿下もミシェルも王宮に戻ったら、私のことなんてすぐに忘れてしまうだろう。次に殿下に会う機会があるとすれば、それは王立学院に入学してからだ。その頃には今以上に身分差も歴然としていて、おいそれと近づける存在ではなくなっているだろう。


 そう自分に言い聞かせながら、私は胸に当てた手をそっと膝に置いた。






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