お誕生会の時間です１
どうも。国内でも有数のアッシュバーン辺境伯のおうちの誕生会で、来たるべき将来に向けて人脈作りに励もうと画策していたはずが、滞在初日で敵（子猫４匹）を作ってしまった私、アンジェリカ・コーンウィル・ダスティンです。
なぜこうなってしまったのか、原因は１００パーセント王子殿下にありますね、はい。まぁ、じゃがいもをバカにされたことで血が上り反撃に転じた私にも責がないわけではないかもしれないような気もしなくもありませんけれどね。
そんなこんなで滞在２日目、正午からギルフォードの誕生会がはじまります。昨日の轍を踏まないよう、午前中は部屋でおとなしくしていました。正しくは両親に部屋の外に出ることをやんわり禁じられたともいいますが。
王子殿下に会ってしまったのも、彼がじゃがいもクッキーを食べてしまったことも不可抗力。なぜ父と継母がほのかにきっぱり私の外出を拒んだのか……納得がいきません。
というわけで、朝食を部屋で終えた私たちは、そのままパーティの準備をはじめた。私は子爵領のメゾンで作ってもらったドレスに袖を通した。
「まぁ、アンジェリカ！ なんてかわいいの！」
瞳をうるうるさせながら継母が感嘆の声をあげる。鏡に映った自分を確認して「うん、そうだね、かわいいね」と同調する。
赤みの強い、ピンクにも見えるストロベリーブロンド、こぼれ落ちそうなほど麗しい金の瞳。ふわふわの頬にはローズ色の愛らしいな赤みがさし、さくらんぼのようなぷっくりした唇がちょこんと顔の中に鎮座している。装飾が控えめのアイボリーのドレスは布の光沢がすばらしく、前身ごろから膝より少し長めのスカートにかけてあしらわれた同色のレースは精緻で、職人の技術が偲ばれるものだ。
正直けっこうお高かった。値段を聞いたときは飛び上がるほど驚いて、そんなにすごいものはいらないと訴えた。だって子どものドレスだよ？ 着ていく場所だってほとんどないし、来年には絶対着られないんだよ？ この先妹が生まれる予定もないし、フローラが欲しがるかもだけど、彼女だって着る機会はそれほどないはずだ。もったいなさすぎる。
だがテンションあがった継母とメゾンの人々を前に、私の意見など塵紙よりも軽く吹き飛ばされた。前にも言ったがうちの両親、私のためとなると身の丈以上の金遣いをする節がある。ゲームの中のアンジェリカは貧乏男爵家出身だといじめにあっていたらしいというのに、だ。まさか子どもの頃の散財が祟ってそんなことになったのではないかと疑ってしまう。
ちなみに昨日、カイルハート殿下が来ていたことをほかの招待客は知らないようだった件について、父に聞いてみた。父は「あぁ」と言いながら顎に手をあてニヤリと笑った。
「伯爵翁様が言葉を濁すほどの大物となると、自然と限られてくる。公爵家の誰か、もしくは王族だ。だが我が国の公爵家の当主方は皆、伯爵翁様より年下だ。身分的には当主の座を降りられた伯爵翁様の方が下になるのかもしれないが、実質はそうではないからね」
「では、伯爵翁様より実質的に上の方となると……」
「王族ということになる。折しも辺境伯家のご長男は王子殿下の側近だ。彼が帰郷することは想像にたやすいが、もしそこに誰かがついてくるとしたら、それは王子殿下かなと思ったのだよ。だからベイルにカマをかけてみたんだ。“伯爵翁様とも話したのだが、御曹司の６の歳の祝いというだけでも一大行事なのに、高貴な方までお出迎えしないといけなくなったのはずいぶん大変だね”、とね」
「おとうさま、伯爵翁様とはその話は……」
私は白い目で父を見た。していない、その場に私もいたのだ。絶対にしていない。
「なんの話をしたのかまでは言っていないよ？ ただベイルが勘違いしただけさ。私と伯爵翁様のつながりが深いことは彼も知っていたようだしね。“ご存知でしたか。そうなんです、まさか王子殿下をお出迎えすることになるとは思いもよらず……”」
そこから人のいいベイルにいろいろ探りを入れて聞き出したらしい。殿下が到着したのは一昨日、その知らせが届いたのはさらに二日前なのだとか。彼が馬車の下に潜り込んでいたことはミシェルから聞いたが、発見されたときにはすでに王都から半日以上の距離にあり、引き返すにも夜間の出入りが制限されている王都にその日中に入ることができないことが判明し、まさか殿下を馬車の中で一泊させるわけにもいかず、予定していた宿は殿下が滞在するにはランクが低く、急遽、隣の町まで足を伸ばし……としているうちに、これはもう引き返すより行ってしまった方がよいだろうと判断されたらしい。ていうかベイル、話しすぎだろ。
そしてこれを聞き出したおとうさま、やっぱり策士だ。さすが貧乏世帯を切り盛りしているだけのことはある。
さて、正装に着替えた私たちは正午の時間に合わせて会場に移った。場所は昨日と同じ大広間だが、今日は円卓がいくつか並ぶ立食パーティだ。会場はカラフルな色で飾り付けされ、扉を入ってすぐの場所にはクリスマスツリーさながらの巨大なクマのぬいぐるみが置かれていた。足元には毛足の長い白の絨毯が敷かれ、子どもたちが自由に過ごせるスペースになっている。その近くにめかし込んだギルフォードと辺境伯夫妻が立っていた。
「アッシュバーン辺境伯様、奥方様、ならびにギルフォード殿、このたびはお誕生日おめでとうございます」
父が代表して挨拶し、継母と私は礼をとる。出席者ひとりひとりがここで挨拶してからパーティに参加する慣しらしい。
「ダスティン男爵、奥方殿、そして御令嬢も、このたびは遠いところをありがとうございます」
「昨日はゆっくりお話しする暇もなくて。我が家でつつがなくお過ごしいただけたでしょうか」
辺境伯夫妻が笑顔で語りかけてくれたのに合わせ、父と継母が丁寧に返す。伯爵翁様から代替わりしたとはいえ、ダスティン家はアッシュバーン家なしではなりたたない弱小家だ。友好関係を築いていくことはいつの代でも大事なことだ。
「本日はお言葉に甘えまして娘をつれてまいりました。アンジェリカ、ご挨拶しなさい」
「はい。辺境伯様、奥方様、本日はお招き誠にありがとうございます。アンジェリカ・コーンウィル・ダスティンと申します。ギルフォード様におかれましては６の歳のお誕生日、誠におめでとうございます。こちらはささやかなものですが、お誕生日のプレゼントです」
私は抱えていた箱を彼に渡した。中身は子爵領のメゾンで購入した子ども用の帽子だ。彼は「ありがとう」と言いながらそれを受け取ったが、次の瞬間その箱を軽くふり怪訝そうな顔をした。
「なぁ、これクッキーじゃなさそうだけど」
「ギルフォードっ」
辺境伯様が軽く叱責するのを、父は笑顔で止めた。
「我が領で開発されたじゃがいものクッキーを御所望でしょうか」
「うん！ あれが食べたい！」
「恐れ多くも娘が勝手にギルフォード殿やミシェル殿、それにカイルハート殿下のお口にまで入れてしまったようで、誠に申し訳ありません」
父は辺境伯様に改めて謝罪した。
「いや、私も実は興味があるのです。昨日、父からも話を聞きました。もしじゃがいもの食用方法が本当に開発されたのなら、我が国の食糧事情に変革をもたらす可能性もあるわけですから、実に興味深い話です」
「そう言っていただきほっとしております。クッキーは先ほどベイル殿に預けました。後ほどこちらに持ってきていただく手はずになっております」
「それは楽しみです」
大人たちがにこやかに会話を交わしている横で、ギルフォードが「あとで食えるんだよな！」と耳打ちしてきた。「大丈夫よ」と返したところで次の招待客の気配を感じ、一旦引き下がることにした。
私たちの次に待っていたのは……例の子猫ちゃんのうちの１匹だった。すれ違いざま彼女が耳元で口走る。
「殿下だけでなくギルフォード様にも色目を使うなんて、男爵令嬢ごときが……！」
振り返ると彼女はすでに辺境伯夫妻に対し、優雅な礼を披露しているところだった。彼女は確か子爵令嬢。身分的には招待されている他の家の令嬢に劣る。彼女が殿下や辺境伯家御曹司二人を射止めるのはかなり大変だろう。にもかかわらず、自分より格下の私が殿下やギルフォードと仲良くしていることが癪に障るということか。
（しょうがないじゃん、向こうから寄ってくるんだから）
願わくは彼女が子爵家の次期当主になりませんように。彼女との当主付き合いとか……想像するだけでめんどくさいわ。
