予定外の客とも会ってしまいました
「ミシェル……君の弟は面白いね」
「……」
名前を呼ばれたミシェルが苦虫を噛み潰したような顔をする。けれど声の主に向き直り、静かに頭を下げた。
「お見苦しいものをお見せしました」
「そんなことないよ。無理を言って遊びに来て良かった」
そしてこちらに歩いてくる同い年くらいの少年の顔を見て、あっと声をあげるのを必死で堪えた。
(まさか……そんなことって………)
けぶるような金色のカールした髪、翠玉のごとき深い緑の瞳。美しい線を描く鼻梁、大笑いしながらも優雅に孤を描く唇。鮮やかな色彩で描かれたスチルよりはずっと幼い、けれどついこの間貴族名鑑で見た姿絵よりは少しだけ成長している。
私は心の中で呪詛の言葉を吐いた。隣の領の御曹司の誕生日というめでたい日を明日に控えているのは重々承知だが、それでも呪わずにいられなかった。
私、アンジェリカ・コーンウィル・ダスティンは、乙女ゲームのヒロインに転生している。ゲームのアンジェリカは攻略対象とやらに夢中になり、自分の義務も忘れてキャッキャウフフな恋愛模様にうつつを抜かしていたようだが、このアンジェリカはそうではない。自領を継ぎ、ついでに発展させ、両親と民が安心して暮らせる未来を作る野望に燃えている。
そのために必要なのは領地経営に協力してくれる従順な婿様であり、きらきらしい自分第一な攻略対象なんかではない、決してない。
だから、極力彼らに接触しないようにと考えていた。幸い自分は男爵家。普通にしていれば王家や公爵家や侯爵家といった上位貴族とかかわらず生きていける、末端の立場だ。たとえ学院が一緒になったとしても、学年が同じであったとしても、こちらから近づかなければ向こう様から近づいてくることはない。学院が身分差におおらかとはいえ、そこには見えないラインと格式が存在する。
ゆえに、彼らと接触しないでやり過ごせるはずだった。はずだったのだが……。
私はわずかに視線を逸らし、すべてをなかったことにできないか頭を高速回転させた。そうだ、今ならまだお互い名乗っていない。ここは無邪気に礼儀を知らない5歳児らしく、とんずらこくという手段がとれるのでは……。
そんな私の短絡的な思考を決して読んだわけではなかろうが、ミシェルが静かに口を開いた。
「恐れながら我が弟をはじめ、こちらの令嬢についても見せ物ではありませんよ、殿下」
(言っちゃった———! この人“殿下”って言っちゃったじゃ—ん、もう!)
この国で今、「殿下」と呼ばれる人はひとりしかいない。いやでも待て、“でんか”って、あれかもしれない。電化とか電荷とか田家とかね! ちなみに田んぼの家と書いて“でんか”って読むのは田舎のおうちのことだからね!と、現実逃避というか、ただただこの場から逃げ出したい私の頭が無駄に前世の知識を検索する。
逃げたい、その一心で涙目になりかけた私を見たミシェルは、何を勘違いしたのか、目の前のきらきらしい少年に告げた。
「殿下が名乗らなければ、彼女は何もできません。ほら、困っていますよ」
うん、そうだね、上位の者が話しかけてくれなければ私のような下々の村長レベルの生き物は空気すら吸えないですよね……って、そんな常識どうでもいいんだよ今は!
「そうだったね。はじめまして。僕はカイルハート。この国の王子だよ」
そして見せた極上のスマイル。
(おおおぉぅかわいい……! かわいいぞ!!! そこで小首傾げるとかそれ計算? 計算だよね? もしかして天然なの!? くっ……!)
奥歯をぐっと噛みしめ、目が合わないよう深く礼をとる。この年でこの威力なら、年頃のそれは破壊力抜群だろう。それこそアンジェリカに貴族の義務を忘れさせるくらいに。
そんな中身アラサーの私ですらぐっときそうな笑顔にぎりりと耐え、最上級のカーテシーを披露して名乗った私を誰か褒めてつかわしてください……。




