予定外の客がいるようです
「お、大旦那様、それからダスティン男爵、お待たせしてしまい申し訳ありません!」
「ベイル、その慌てようはなんだ。客人に失礼ではないか」
ようやくお城の玄関扉が開き、中から年若い青年が出てきた。身なりは整っているが、焦り気味な声など、貴族の館に似つかわしくない慌てぶりだ。
ベイルと呼ばれたその青年は伯爵翁様の威厳ある叱責に顔を青くしてますます頭を下げた。
「バーナード殿、カトレア殿、アンジェリカ嬢も、申し訳ない。予定外のことが起きてしまっての、屋敷中が少々騒がしいのだよ。それで出迎えも遅れてしまったようだ」
「それはそれは、大変なときにお邪魔してしまい申し訳ありません」
「いや、そなたたちが謝ることではない。正式な招待客であり、到着の時間もあらかじめ知らせてくれていたそなたたちには、なんの落ち度もない」
「ということは、予定外の客が現れた、ということですか?」
「……まぁ、そういうことだ」
そうして伯爵翁様は少々困ったような顔をした。誰だろうと思ったが、彼がそれ以上話そうとしないので父も継母も追求することを遠慮した。
いったん彼らと別れ、ベイルと呼ばれた青年の案内で今晩宿泊する部屋に通された。馬車に乗せたままだった私たちの荷物もすでに玄関に到着していた。父が厩舎に馬車を回した知らせが本宅に届き、使用人たちが大急ぎで運んでくれたようだ。
「予定外のお客様って、どなたなのかしら」
部屋に通され、ベイルがお茶の準備に一度下がった後、継母が届いた荷物に間違いがないか確認しながら呟いた。ベイルは事情を知っていそうだが、伯爵翁様が私たちに説明しなかったので、敢えて彼に尋ねるのをやめたのだ。
「さぁて。だが伯爵翁様が苦言のひとつも呈さず、困ったようなお顔をされたのだ、もしかすると相当身分が高いお方かもしれない」
「身分が高いって、辺境伯家よりも、ですか?」
「わからないがね。いずれにせよ夕食時に発表があるだろう」
言いながら父は深くソファに座った。継母も私もそれに倣う。本当は荷物の整理をしたかったのだが、本来それはメイドの仕事らしい。
まもなくお茶の準備を調えたベイルと数名のメイドが連れ立ってやってきた。とはいえ私たちの荷物は少ない。今晩の夕食用に着る服と、明日のパーティー用のものだけだ。継母の指示のもと、メイドはあっという間に片付けを終えて部屋を出て行った。
テーブルにはお茶と一緒に軽食も用意されていた。ローストビーフのサンドイッチやスコーン、たっぷりのクリーム、コールスローのサラダ、プチケーキなど、なかなか豪華だ。
父はお茶を飲みながら、テーブルに置かれていた招待客リストに目を通していた。
「向こう隣のエビング伯爵家に、ロースト伯爵家、ダレン男爵家はそれぞれ子どもたちを連れてきているようだね。カトレア、君の実家でもあるウォーレス子爵家は名前がないね」
「エリンのところの子どもたちはもう学院にあがっているから、招待されなかったのでしょうね。今回はギルフォード様のお誕生日会だから、まだ学校にあがっていない子どもたちがいる家だけ呼んでいるのじゃないかしら。初めての6の年ですし」
この国では「6」の年齢が大事にされている。6歳は子どもの最初のお披露目の年だ。子どもが6歳になるとお披露目し、社交の場にも連れ出すことが許される。次の12歳は略式に大人の年齢とされている。庶民の間では12歳くらいで働きに出ることが多い。なお貴族の子どもは翌年の13歳から親元を離れ、王立学院に入学することになる。婚約などの話が進むのも12歳を過ぎてからだ。そして次の倍数、18歳になると社交界デビューの歳となり、結婚が許されたり、学院を卒業して家督が譲られたりする。
そういう慣わしから6歳12歳18歳のお祝いは貴族間で重視されているのだが、初めての6の年齢は最近ではそれほど祝われなくなってきたらしい。理由はいくつかある。その昔6歳を盛大にお祝いしていたのは、医療水準が低く子どもが育ちにくい状況があり、そのため病魔を退け6歳まで成長した子どもは一族の宝とされてきた。しかしそのあたりがだいぶ改善されてきたので、次第に6歳のお祝いは縮小されてきたという事情がひとつ。あとは20年前の隣国との戦争から完全に復興したとはいえず、全体的なお祭りモードが自粛された時代をまだ引きずっている、というのもある。
そうしたことから今回のギルフォードのお誕生日会も、昔と比べたらかなり小さな規模になるのだとか。
「うちもこれほどのお披露目をする余裕がないから、この際アンジェリカのお披露目も一緒にやらせてもらおうと思っていてね。辺境伯ご夫妻もおそらくその辺を酌んでくださっていると思うよ」
なるほど、このパーティの出席はそういう意味もあったのか。確かによそ様のパーティを借りて自分もちゃちゃっと披露させてもらうというのは、手間もお金も省けて都合がいい。おとうさまグッジョブだ。こういう節約術というか世渡り術的なものに長けているところは尊敬している。
お腹を満たして手持ち無沙汰になった私は、改めて部屋を観察した。さすがは辺境伯のおうち、滞在する客間もうちのリビングより広い。部屋の隣には寝室が2つも備わっている。
客間はお城の裏庭に面していた。裏庭といっても我が家の畑しかないそれとは大違いで、手入れされた庭園が広がっている。
ふとそこに見知った姿を見つけた。つんつんとした麦わら頭は間違いない、ギルフォードだ。彼のほかにも男の子が二人いた。遊び足りずにまた外に飛び出したのだろうか。一緒にいる友達と思しき子どもたちに、また逆刃の剣で切りかからなきゃいいけど。
「おとうさま、ギルフォード様が外にいらっしゃるようです。私も行ってみていいですか」
「まぁ、アンジェリカ。あなた今度は何をするつもりなの?」
継母が先ほどのことを思い出したのか神妙な顔つきになった。父も事情を既に知っているので苦笑いだ。
「プレゼントに持ってきたクッキーをあげるだけです。何もしません」
「本当に?」
「本当です!」
さすがに体当たりなんてもうやらないよ、おかあさま。私、中身アラサーだからね? それにお菓子が子どもに食いつきがいいのはうちの領地でも実証済みだ。加えてあの猪突猛進小僧なら、じゃがいもという食材も物怖じせず食べてくれそうな気がした。
「いいんじゃないかな。彼は次期領主になるかもしれない子だ。今のうちから仲良くしておくといい」
「そうだけど……。アンジェリカ、おとなしくするのよ? 喧嘩しないでね」
「わかっています」
私は笑顔でクッキーを手にとり、部屋を後にした。




