意外な真実が知れました
その後、「勝負しろ——!!」と叫びながらまとわりついてくるギルフォードと、腰を軽く折りながら笑いをこらえる伯爵翁様の案内で玄関に戻り、父と合流した。父と伯爵翁様は挨拶を交わし、私の後ろにいた麦わら小僧にも挨拶した。
「これはこれはギルフォード殿、この度は6歳のお誕生日おめでとうございます」
相手は辺境伯爵の息子だが息子というだけでまだ爵位はない。父は男爵家の当主なので、立場的には「殿」と呼んで許される。そういうお作法はルビィから習った。態度はアレだが、ちゃんとしたことを教えてくれることもあったんだよな、あの人。もちろん継母が側で見守っていてくれたからではあるけども。
貴族のお作法を思い出している横で、私は驚愕の事実を思い出していた。そうだった、今回誕生日を迎える次男の名前はギルフォードと言うんだった。すっかり忘れていたよ。ということはこの子か兄のミシェルが次の辺境伯様で、私と同じ世代を生きることになるのか……。
父に対して元気に「ありがとうございます!」と礼を述べる麦わら小僧を前に眉間を揉んだ。うん、まぁ、人は良さそうだけど、この単純さで王国に名を馳せる辺境伯家当主が務まるのか、おばちゃんちょっと心配だよ。まぁ兄もいるから、どちらが後継に選ばれるかまだわからないんだけどさ。
「バーナード殿、後嗣が無事王家に認められたそうで、何よりであったな」
「はっ、ありがとうございます」
「よい娘御を迎えられたの。奥方殿も……大義であった」
「ありがとう存じます。アンジェリカを我が娘として頂戴できましたこと、王家と精霊様と、その他ご厚情を賜ったすべての方々に日々感謝しております」
継母は言葉の最後にしっかりと顔をあげ、伯爵翁様に対して丁寧に言い切った。ゆるぎない視線を受けた伯爵翁様は、ふと表情をこわばらせた。
「……以前、奥方殿には申し上げたな。“すべての責は私にある。すべての負の感情は私が引き受ける”と」
「憶えております。憶えておりますが……」
継母はその優しい目で私を見つめたのち、再び伯爵翁様に向き直った。
「伯爵翁様がどんな意味でおっしゃったのか……無学な私にはわかりかねますわ」
そして優雅に強く微笑んでみせた。
父もまた静かに二人のやりとりを見つめていた。ギルフォードだけはわけもわからずきょとんとしている。それでもここは大人しくしているべき場面なのだと、貴族の令息らしく空気を読んだのか、無言を通していた。
そして私は、継母と伯爵翁様の会話からあることを察した。
伯爵翁様が私の母を雇うことを厭い、隣の男爵家に押し付けた。父は否やを言えず母をメイドとしてひきとり、その後、愛人として関係を持つようになった。そういうストーリーだと思っていた。
けれどその裏には、伯爵翁様と両親の間で交わされた密約があったのだ。
長らく跡継ぎに恵まれず家の行末が心配された男爵家に、事情を納得済みの実母を紹介した。内容が内容なだけに表沙汰にはできない。その結果、三者の間にあるストーリーをでっち上げた。
その裏で伯爵翁様は継母カトレアへのフォローも忘れなかった。実母を押し付けたのは自分、だからあらゆる負の感情——恨みや憎しみといったものは、自分に向けろ、と。
思いもよらなかった真実に驚くというより、背筋が伸びる思いがした。そうまでしてつながなければならない貴族としての「血」。私には未だ理解しがたいものだが、この世界ではそれが常識であり遵守すべき規律だった。だから私も、この血をつないでいかなければならない。
同時に伯爵翁様の人となりも知ることができた。伯爵翁という人は、家の存続の前には個人の感情など軽視していいと考える、冷徹さを持った人と言えるかもしれない。けれど今継母にかけた言葉の端々に、義務感だけではない、貴族としての、人としての、深い慈しみを感じた。隣の広大な領地の元領主がこの人であったことはきっと、私たちにとっても僥倖だ。




