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誰も出てきてくれません

 馬車がお屋敷の盛大な門(何せ物見櫓(ものみやぐら)的なものまである)を潜ったときから私はただただ驚いていた。


 正確に言うとアッシュバーン領の都であるこの街に入ったときから、その活気溢れる様子に驚いていたのだが。街にはいくつもの店が連なり、二階建て、三階建の建物が連なっていた。道も舗装され、下水道も整備されているのか、全体的に綺麗な佇まい。


 そんな賑やかな街を抜けてアッシュバーン家に入ったものの、正門からお屋敷までもまだまだ距離がある。ダスティン家なんてそもそも正門がなく、だだっぴろい土地に突如建物があるだけだから、違いがハンパない。


 軍門で名を馳せる一族であるにも拘わらず、門を抜けた後の庭は優美な造りだった。季節は6月の半ば、夏の気配が近く、あちこちに初夏の美しい花々が蕾をつけている。正門を抜けてはや5分。木立を抜けると小高い丘があり、その丘の上に立派なお屋敷がそびえていた。


「お屋敷っていうか……これって、お城じゃない」


 もはや屋敷のレベルではない。石造りの塔を四方に備えるそれは、質実剛健な中にも品ある美しさを失わない、立派なお城だった。さすがファンタジー。


「アッシュバーン領は隣国トゥキルスとも接する国の要の土地だからね。有事には城塞にもなりうるよう、造りが強固になっているんだよ。ただの優雅な貴族のお屋敷とはわけが違う」


 実際に20年前の戦争では敵の奇襲で領地が戦場となったらしい。この街までは戦禍はこなかったものの、北の砦を敵に占拠され、王都にまでそれがおよぶのでは、と危惧されたそうだ。


 そんなお城のような……もう城でいいだろ、これは。というわけでアッシュバーン城目指し、私たちの馬車はてくてく進み、やがて城門の前に着いた。着いたのだが……誰も出てこない。


「おかしいな、アッシュバーン家ともあろうものが、客人の到着を予測できないはずはないのだが」


 都に入った時点や、正門をくぐった時点で伝令が飛ぶのが慣わしらしい。ちなみに正門近くにあった物見櫓的なあれは本当に物見の塔で、その塔からお城の塔へ手旗信号で連絡が飛ぶのだそうだ。ファンタジーだけど意外とアナログ。


 両親も私も貴族とはいえこういったことにはおおらかなので、自分たちで馬車を降りて呼び鈴を押すことに抵抗はないのだが、貴族のお作法からは外れるらしい。ダスティン領の領民でもある御者が小窓をあけて、どうしますか?と聞いてくる。彼は農家の息子で、私たちを送ったあと、いったん領地に戻ることになっている。夜になってしまうと困るので、いつまでも引き止めるわけにもいかない。


「とりあえず、降りるか」

「えぇ」


 そんな事情なので私たちは馬車から降りることにした。御者が扉をあけ、父がまず降り、継母と私をエスコートする。


 さて、と。やはりここでも途方にくれる。私たちはこのままここにいてもいいのだが、御者を帰してやらなくてはいけない。しかも帰す前に馬に水と食べ物を補給してやる必要がある。事前に申し入れていたので、本来なら御者は馬車ごと厩舎に一度誘導されるはずだった。ところが迎えが出てこないのでそれも行えない。


「仕方ない、厩舎の場所は私がわかるから、先に彼と馬を連れて行こう。おまえたちはここで待っていてもらえるかい?」

「えぇ、わかったわ、あなた。アンジェリカと待っていますね」


 継母もここで「なんて失礼なの!」と怒るような人でもない。私も然りだ。父はそのまま御者と一緒に御者席に乗り込んで去っていった。残された私たちはどちらともなくお互いを見遣り、そして笑った。


「お誕生日パーティの準備で忙しいのでしょうか」

「そうね、非公式とはいえ周辺の領地の貴族や縁者が招待されているそうだから、お客様の数は相当多いらしいわよ。ちょっとした舞踏会規模ね」

「おかあさま、私、ちょっとそのあたりを見てきてもいいですか?」

「え? でも、バーナードが戻ってくるまで待っていないと」

「おかあさまのお声が聞こえる範囲にします。遠くにはいきませんから」

「仕方ないわね。見える範囲だけよ?」


 何もないところに5歳児を立たせたまま静かに待たせるのも酷と思ったのか、継母はわりとあっさり許してくれた。私は石造りのタイルを駆け抜け、芝生が広がる庭に降り立った。右には見上げるほどの城壁、左手は塀だ。塀の向こう側にはお堀が広がっているはずだ。ここが要塞として機能するという父の話を思い出した。端まで行くのにも距離があるその城壁の脇を私はずんずん進んだ。たまに振り返ると継母がゆるりと手を振ってくれる。


 そんな状態でしばらく進むと視界が開けた。城の端まで来たのだ。




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