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【二章完結】ヒロインなんかじゃいられない!!男爵令嬢アンジェリカの婿取り事情  作者: ayame@キス係コミカライズ
第一章「じゃがいも奮闘記」編

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マナーレッスンはきらいです

「違うでしょう! 何度言ったらわかるのっ」


 怒声とともにテーブルがばんっと叩かれる。生理的な反応でビクッとしつつも、静かにルビィに目線をやれば、彼女は鬼の形相でこちらを睨みつけていた。


 日当たりのいい私の部屋で、無言の視線対決が先ほどから繰り広げられていた。


 ことの発端は30分ほど前。いつもはマナーレッスンに同席する継母が、針仕事が溜まっているからと、今日は席を外すことを告げてきた。マナーレッスンの講師はメイド長のルビィ。私や実母にただならぬ思いを抱いている人だ。始まる前から嫌な予感はしていたのだが、案の定の展開となった。


 今日のレッスン内容は立ち居振る舞いについて。お辞儀などの実際の行動から、貴族同士で話をするときのルールの口頭諮問まで、多岐に渡る。始まった直後からルビィは怒声を隠そうとはしなかった。


「頭を下げる角度が違うと、何度説明すればわかるのっ! 浅いのよっ、ほら!」


 言いながらルビィは私の後頭部に手をやりものすごい力で押し下げた。腰が大きく折れ曲がり、絶対にこの角度じゃおかしいだろというところまでいく。


「まったく! 所詮は平民出のあばずれが産んだ子よね。こんな上品なマナーなんて身の丈に合わないのよ、勉強するだけ無駄だわっ」


 彼女のずる賢いところは、発言に怒りと蔑みを最大限に盛り込んではいるものの、声の大きさは抑えているところだ。この大きさなら一階にいる継母たちには聞こえない。また私が生母から虐待されていたことが耳に入っているのか、直接の手はあげてこない。せいぜいが机などを激しく叩いて威嚇するか、今のように傷ができない程度に押さえつけるかだ。証拠が残らないため、たとえ訴えられたとしても言い逃れができるやり方だった。


 彼女は今日という日を心待ちにしていたのだろう。継母が同席しない場で、堂々と私を精神的に追い詰められる。


 だが私も負けてはいなかった。理不尽な状況で泣き寝入りするだけの子どもではない。先ほどから無言でルビィに返していたが、ここに来てとうとう反撃することにした。


「ずいぶんと態度が違うのね。おかあさまが知ったらなんていうかしら」

「ふんっ、言ってみるがいいわ。おまえの言葉なんて奥様が信じるはずがないだろう。私と奥様の信頼関係は昨日今日出来たものではない。それこそ、あのあばずれが旦那様を誘惑していたときでさえ、私たちは一緒にいたのだから」

「おとうさまと母とは契約関係にあったのでしょう。おかあさまも承知の上だった」

「だまらっしゃいっ!」


 テーブルがばしんっと鳴る。


「おまえが奥様や旦那様の前で猫をかぶっていることはすぐにバレるに決まっている。あばずれの卑しい血筋がこの家に入るなど汚らわしい。おまえなど精霊に愛されるはずがない」

「私がいなければ一族は絶える。領民も露頭に迷うことになる。おとうさまとおかあさまもね」

「ふんっ、おまえが跡を継いだところで潰れる未来しかないわ。おまえの力など借りずとも、奥様のことは私が守ってみせる。赤の他人のおまえにできることなど何もないのよっ」

「守るってどうやって? あなたが働いておかあさまを養うの? 素敵な忠義心ね、とでも言うと思う? もしあなたが本気でおかあさまを助けたいなら、この領を豊かにする方法を提案すべきだったわ。このままではこの領の収穫量はますます減って、食糧に困る未来がすぐそこにあるかもしれなかったのに」


 ルビィに言い返しながら、自分の立てた仮説を思い出した。火山灰で覆われた我が領の土壌は農作に向かない。今はまだ地の精霊石の力を借りてなんとかやれているが、土地はどんどん痩せ細っていくのみだ。早急に手を打たなくては未来はない。


「ふん、子どものおまえに何ができるというの。偉そうなことばかり言って奥様や旦那様を騙して。じゃがいもなぞ、家畜の食べるものを恐れ多くも旦那様方に食べさせるとは。あぁ、でもおまえにはお似合いね。家畜と同等か、それ以下だもの」


 何に優越感を感じたのか、蔑む笑みを浮かべて高みからこちらを見下ろしてくる。もうお話にならないレベルだ。私はついにこの人との関係修復を諦めた。


 そのとき、部屋の外でぱたぱたと足音がした。ルシアンかミリーだろう。人の気配があるとルビィは黙る。本当にいけすかない。おまえこそ子どもか!と突っ込みたくなる。


 私も聖人君子ではない。こんなレッスンも受ける意味はない。無言のまま踵を返して部屋を飛び出した。背後でルビィの驚く声がしたが知ったこっちゃない。


 扉を開けると、そこにいたのはミリーだった。今日もかわいい赤毛のおさげ髪姿だ。


「ミリー! 助けてっ! 鬼が襲ってくるの」


 声をあげて彼女のスカートに抱きつく。


「あれま、お嬢様。どうしたんです?」

「鬼のレッスンから逃げてきたの」

「オニ……? オニってなんです?」

「ミリー! その子を寄越しなさい!」


 追いかけてきたルビィが手を伸ばしてきたのを躱して、私はミリーの背後に隠れた。


「マナーのレッスン中なのに逃げ出したのよ。まったく、本当に礼儀のなっていないこと」

「いやよ。もうルビィのレッスンは受けないわ。おかあさまにやってもらうの」

「バカなこと言うんじゃありません! さぁ、戻るわよ」

「いやったら嫌!」


 私とルビィの間に挟まれて、ミリーはおろおろするばかりだった。ごめん、ミリー。あとでおやつのじゃがいもクッキーわけてあげるから。


 まるで5歳児らしく大騒ぎしていると「どうしたの?」と階下から声がした。ナイスおかあさま! 計画通りだ。


「まぁ、アンジェリカ。マナーのレッスンは終わったの?」

「奥様、まだ終わっていません。途中なのに逃げ出してしまって」

「まぁ、アンジェリカ、本当なの?」


 途中で逃げ出したことは本当なので素直に頷く。


「アンジェリカ、マナーも大事なお勉強のひとつよ?」

「わかっています。でもルビィの授業は受けたくありません。マナー講師はほかの方を雇っていただくか、おかあさまがなさってください。私はこんな鬼教師にはつきたくありません」

「奥様、子どもの戯言です、サボりたいからこんなことを言うのですよ。それに甘いマナーを身につけて将来困るのはお嬢様です。そのため多少は厳しく接していますが、どうもこの子は態度が横柄で、かつ一般的な常識や忍耐力もないようです。将来男爵家を背負うというのに、これでは先が思いやられます」

「だったらもっと上級の先生をつけてください」

「ま……っ! 私は子爵家に連なる身ですよ! あまりな言いようです」


 ルビィは子爵家の人間だったのか。もしかしたらお母様の遠縁なのかもしれない。貴族籍だから私や実母をこきおろすのかと、ある意味納得がいった。本当になんというか、残念な選民思想。


 継母は困ったように微笑んで、私とルビィを見遣った。


「わかったわ。この件はバーナードにも相談します。結論が出るまでは暫定的に私が面倒みるわ」

「奥様! 奥様はこの子に甘すぎます!」

「ルビィ、私の目から見てもアンジェリカはとてもよくやっているわ。私が5歳だったときはこれほどできなかったもの。飲み込みも早いし、今の状態でアッシュバーン家のパーティに出しても決して恥ずかしくないわ。それに、ほかの勉強ではなんでも楽しそうに吸収するアンジェリカが、マナーレッスンだけ嫌だと言っているのよ。あなたのことは信頼しているけれど、あなたと合わないのかもしれないわ」

「奥様!」

「この件は預かります。アンジェリカ、今日はもういいわ」

「おかあさま、ありがとうございます!」


 私は表面的にはぶりっこ丸出しでお礼を言いつつも、心の中ではガッツポーズしていた。よし、ひとまずの懸念事項は片付いた。さっさと次に行こうっと。やることはたくさんあるんだから。


 私は台所に行き、マリサが夕食の準備をしている隣で新しいじゃがいもレシピ考案に勤しむことにした。意味のないマナーのレッスンなんぞにかまっている暇はない。


 なぜなら私には新たな野望があった。来るべきアッシュバーン辺境伯家の誕生日パーティで、じゃがいも料理をプレゼントしようというものだ。


 先日のお披露目パーティで、誰もがじゃがいも料理に飛びつくものと思い込んでいた。ところが大人たちは「じゃがいもなんて」とはじめ見向きもしなかった。じゃがいもイコール家畜の食べ物、という固定観念を私だけでは覆すことができなかった。父が領民を説得してくれなければ、あの披露は失敗に終わっていただろう。領民たちも、私でなく父の言葉だったから聞き入れてくれたのだ。


 あれ以降、領民の間ではじゃがいもに関する認知が少しずつ変わり始めている。現にこの屋敷で女性たちを集めて定期的にじゃがいも料理の講習会を行っているのだが、毎回大盛況だ。


 じゃがいもはおいしいしお腹も膨れるし、何より使い勝手がいい。潰した状態でいろんなものに混ぜることができる。だが現時点ではうちの領だけでしか知られていない。これをもっと広い範囲で、それこそ他領にも広めたいというのが私の考えだ。もちろんただ広めるだけではなく、売るつもりでいる。領民対象に無料でレシピを公開しているのは領民に幸せになってもらいたいからだが、それだけで終わるのでなく、料理を覚えて他の領で披露したり教えたりできたらいいとも考えている。いわばじゃがいも料理の出張講師育成だ。


 他領でも「じゃがいもはおいしい」「もはや家畜の餌ではない」と認識してもらうためにどうするか。他領の貴族を味方につければいい。たとえばアッシュバーン辺境伯とか。トップが認めれば下の者たちも従いやすいはずだ。うちがそうだったように。


 つまちアッシュバーン家の次男(だったっけ?)の誕生日パーティに行くが、私の目当ては次男ではなく、父親であるアッシュバーン辺境伯その人だ。彼をなんとか落としたい。次男はこの際どうでもいい。あぁでも分けてあげるくらいはしてもいいかなと思っている。スノウの助け舟の例もあるし、子どもの方が先入観なく口にしてくれるかもしれない。


 というわけで、アッシュバーン領に持ち込むプレゼントをどうするか、ひとり試行錯誤していた。本当はグラタンやじゃがいもボールを披露したいが、持ち運びに適さないし日持ちもしにくいから、やはりクッキーかパンが落としどころだろう。


 アク抜きしたじゃがいもをつぶしながらいろいろと考えを巡らせる。アッシュバーン家のパーティが本当に楽しみだ(次男はどうでもいいけど、どうでも)。



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― 新着の感想 ―
[一言] 平民であんなに忌避感あるのに、そもそも食べるものに困ってなさそうな上流貴族に受け入れられるって考える主人公楽観的すぎ
[気になる点] 捕食者に対してのじゃがいもの芽毒は、この世界の品種はエグみに進化したと
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