その後のお話です
数ヶ月後。後のセレスティア王国の演劇史に名を残すことになるダスティン女子歌劇団の初公演「恋月夜」がお披露目された。ダスティン領の温泉は身体にいいらしいという触れ込みから集まった観光客たちの間でたちまち話題となり、その噂は王都にも飛び火した。
さらに数年後、団長となったアニエスが歌劇団を引き連れ、王都の劇場に凱旋を果たすまでに成長。年に一度の王都公演のチケットはプレミア価格となり、貴族や富裕層の間で争奪戦が巻き起こった。また劇団の舞台を踏みたいという志願者も殺到。領内には歌劇団の下部組織となる音楽学校が設立され、少女たちの夢への登竜門となった。
覆面作家として名を馳せるシャティ・クロウは、劇作家としてもデビューし、ダスティン女子歌劇団専属となる。噂ではダスティン領のどこかで執筆を行っているということだが、その正体は生涯謎に包まれたままだった。
男役という概念を確立し、絶大な人気を誇ったアニエスは、三十歳を迎える手前で結婚と妊娠を発表し電撃引退。多くの乙女たちが涙で枕を濡らしたという。引退後もダスティン領の歌劇場や音楽学校によく姿を見せるアニエスだったが、その夫の正体が明らかにされることはなかった。後に二男一女に恵まれた彼女だが、男の子は2メートルを、女の子も180センチを越えるほどの高身長に成長し、長男は舞台演出家、次男は作家、長女は母の跡を継いで劇団の看板男役となりそれぞれ名声を博した。
ダスティン領で立ち上がった新たな商会、ハッピー馬車は、領内での貸し馬車業のみならず、領地と王都をつなぐ乗合馬車事業にも進出し、大成功をおさめる。ハッピー馬車はまた、一時期立て直しに成功したものの、創業者である先代を病で失った後に再び経営難に陥りかけていた実家のリンド馬車を円満に吸収合併して、王都内の巡回馬車事業も手掛けるようになる。王都はずれの関所に近い土地に馬車駅と馬場を構え、地方馬車と王都内の巡回馬車の中継地点を設けることで、王国全土と王都をつなぐハブの役割を機能させることに成功し、王都内の交通渋滞緩和と国内の一般人の往来の発展に寄与した。その功績が認められ、経営者であるエリザベス・シュミットには後年、一代限りの男爵位が与えられることになる。「王都の土地の購入も乗り合い馬車事業も、自分の先見の名などではなく、商売の助言をしてくださった方のアイデアですので」と、初め叙勲に対しても遠慮していたエリザベス・シュミット。ハッピー馬車の王都への本社移転を勧める声も多い中、「ダスティン領から出るつもりはありません」と宣言し、後継となる子どもや孫にも「本社はダスティン領に置くべし」と伝え、次代へと継承するハッピー馬車の社訓とした。
エリザベス・シュミット女男爵の夫であるゲイリー・シュミット医師は、湯治場の概念を確立させ医療分野の発展に寄与した。王立医術院から再三の専任教授依頼があったものの、臨床に生涯を捧げると公言。代わりに次代を担う医師を自領に招く研修制度を充実させることに力を注いだ。後年、医術院から名誉教授の座を与えられたが、それは特別講義以外で教壇に立つことがなかった医師に対しては異例の措置であった。
王都一を争う温泉観光地として名を馳せることになるダスティン領だが、ポテト料理に続き化粧品と香りのビジネスでも成功を収めることになる。流行の先端を行くダスティン女子歌劇団の女優たちが好んで店の商品を使ったことから、女優たちの名を冠したサシェや、彼女たちが演じる役柄をイメージした限定サシェが土産物として飛ぶように売れた。流行作家シャティ・クロウの新作小説が、天才調香師の青年と貴族令嬢の身分違いの恋を描いたもので、そのモデルとなる人物がダスティン領にいるらしいと噂になり、さらに小説内に描かれたダスティン領内のスポットをめぐるツアーが「聖地巡礼」と称えられるなど、観光客が倍増するきっかけにもなった。
モデルとなった人物が青年ではなく、年端もいかぬ少年だったことは知られていない。そしてそんな彼と生涯に渡る友情とも親愛ともつかぬ関係を築くことになる、別の技術者の存在も、表に出ることはなかった。
……って、そんな未来があるとは夢にも及ばず。というか、それどころじゃないのよ今。
私、アンジェリカ・コーンウィル・ダスティンは、新たな決意を胸に秘め、その場所に立っていた。
13歳になる貴族の子女が通う王立学院の正門は、快晴の空の下大きく開かれ、新入生を迎えていた。真新しい制服に身を包んだ少年少女たちが、胸を膨らませながら次々と門を潜っていく。
私も遅刻してはいけない。でもその前に。
(いいこと、アンジェリカ。あなたがここでするべきことはただひとつ! 従順なお婿さんを捕まえるのよ!!)
強い決意のもと顔をあげる。かつて、前世の妹が大好きだった乙女ゲーム「トゥルーラビリンス」とやらの世界。ヒロイン・アンジェリカは、領地を継ぐ立場であるにもかかわらず、直系の跡取り息子たち(=高位貴族)に粉をかけまくり、逆ハーとやらに王手をかけ、挙句、絶対に婿がねにできやしない王太子とウェディングベルを鳴らしていたみたいだけど。
「ヒロインなんかじゃいられない! 私は男爵令嬢アンジェリカなんだから!!」
きつく握り拳を作る、今年13歳を迎える私。ダスティン領のさらなる発展のために必ずや従順な婿をゲットするのだと、握ったこぶしを高らかに空へ掲げるのだった。
===第二章 完===
第二章完結です! 終わった!
アルファポリスの方に、二章が終わった嬉しさを凝縮した後書き的なものを連載の最後に載せています。
掲載をあっちこっち行き来させてしまって本当に申し訳ありません。しばらくお休みいただきまた三章に挑みたいと思います。