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未来のための投資をしましょう1

 そんなこんなで2日間限定の香りのお店「メモリア」のプレオープンですが。


 お陰様で限定サシェ100個、完売しました!


 完売どころか「もうないんですか!?」と悲鳴のような声をあげながら押しかけるお客さんが後をたたず、追加でもう50セットの予約を受け付けることに。さらに調香サービスについても貴族のお客様を中心に「試してみたい」とのお声をいただき、すでにオープン後の予約もたくさんもらっちゃいました。この結果ならきっとトゥキルスのリカルド様も納得してくれるはず。彼の国からの輸出産業としてサボテンの乾燥花と養殖が普及してくれれば、両国の関係もより安定したものになっていくと思う。うちも儲かって一石二鳥だ。


 マリウムが作った新しい保湿クリームも見事完売。こちらはダスティン化粧水と同じくハムレット商会を通じて今後は販売していくつもり。サボテンの乾燥花を使った石鹸なども開発途中なので、香りにまつわるものはメモリアでの扱いにして直営販売、それ以外は今まで通りハムレット商会を通して扱うことにしようかと、父やロイとも相談している。


 あぁぁそれにしても肩の荷がおりたよ! 投資事業は父に任せてるし、シュミット先生の発表は、分野は違えど研究者の先輩でもあるロイが協力してくれているし、好調のポテト料理関連はケイティがフル稼働で頑張ってくれているし、化粧品やスパリゾートに関してはなんだかんだとマリウムがやる気だし、アニエスの劇団については人材&脚本確保できたし、懸念していた馬車事業についてもエリザベスさんがさっそく父親であるドナルド社長の元で修行を始めてくれたし。


 お金も人材も注ぎ込んでたから気が気じゃなかったここ数週間だけど、これで今夜からぐっすり眠れそうーーそう安堵したのも束の間。


「アンジェリカお嬢様、大変です! ラファエロさんが倒れました!」


 メモリアで働くスタッフが事務所に駆け込んできたのは、お店を本格オープンした3日後のことだった。







「ラファエロは!?」


 彼が運ばれたという治療院に駆け込んだ私は、付き添いとしてそこにいたマリウムに声をかけた。彼は視線を奥のベッドに走らせた。


「そこで休んでるわ。あんまり騒がしくしなさんな」

「あ、そうだね、ごめん」


 謝罪した私はベッドの方へ歩み寄る。仕切りのカーテンの奥のベッドに、ラファエロが横たわっていた。もともと痩せぎみの小柄な少年だが、顔色がすこぶる悪く、頬も心なし痩けて見えた。


「ラファエロ……」

「眠ってるだけだから心配はいらないわよ」

「そうなの? よかった……」


 スタッフの話では、お客さんの応対中に、スタッフの指示で調香用の花を持ち出そうと立ち上がった途端、崩れるようにずり落ちて、そのまま動かなくなってしまったらしい。


「医者の話では過労じゃないかって。あと、軽度の栄養失調」

「過労に栄養失調!?」

「そのことでお嬢ちゃんには話があるのよ。外に出ましょうか」


 確かに眠っている病人の枕元でする話ではなかった。私はマリウムに促されるまま病室を出た。







「どういうことなの? 過労って、私、あの子にそんな重労働をさせてたってこと? それに栄養失調だなんて……」


 ラファエロは年末に孤児院を卒業した。孤児院の規定で、13歳になる年の子は手に職をつけて独り立ちすることになっている。この国での成人は18歳。前世の記憶がある私からすれば13歳の独り立ちは早すぎるという感覚があるけれど、ここでの平民であればそれが普通のこと。


 ラファエロはその特性の強さから、なかなか就職先が決まらなかった。それが、調香の能力が発覚したことで私がスカウトすることになった。孤児院のクレメント院長も「アンジェリカ様になら彼を任せられます」と笑顔で送り出してくれたのだ。孤児院からの大事な預かり物。だからこそ、従業員用のアパートで一人暮らしし始めた彼のことを、他のスタッフたちにも気にかけてもらえるよう、差配したつもりだった。1日の労働時間も大人より短くするよう指示したし、家事が完全には身についていない彼のために、ポテト食堂で食事が取れるよう、社食契約も結んだ。


 それが、働き始めて1ヶ月もたたないうちに身体を壊すことになってしまった。しかも原因が過労に栄養失調。どうみても雇い主が彼を酷使したことにほかならない。プレオープンの成功以来、うまく運んだ気持ちの緩みであまりラファエロに構っておらず、マリウムやメモリアのスタッフに任せっぱなしにしていた私の責任だ。


 言葉もなく落ち込む私の頭上から、マリウムの声が降ってきた。


「過労と栄養失調は、お嬢ちゃんのせいじゃないわ。もちろん、事務所のスタッフがあの子の世話をサボったわけでも、あの子を酷使したわけでもない。その辺は、アタシもよく店にいたからわかってる」


 ダスティン領でのスパリゾート構想や化粧品ラインの新作の打ち合わせの必要もあったから、マリウムはずっとメモリアに詰めていた。出勤してくるラファエロの面倒をあれこれ見てくれていたことも聞いている。


 そんな彼の言葉は少しだけ私の心を軽くしてくれた。お礼を言おうと見上げると、彼の静かな瞳とぶつかった。彼と出会ってまだ数年だけど、こんな表情は見たことがなかった。


「マリウム……?」

「お嬢ちゃん、メモリアのお店だけどーー閉店しない?」

「は?」


 想像もしなかった言葉が、治療院の廊下に落ちる。しん、とした空気の中、私は驚きのあまり何も言い返すことができなかった。



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