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香りの新店舗オープンです2

 その後もアニエスが店の表と中を行ったり来たりしつつプロモーションに励み、令嬢ホイホイのごとく振る舞ってくれたおかげで客足が途絶えることはなかった。さらに午後には懐かしい方が訪れてくれた。


「アンジェリカちゃん、こんにちは」

「よぉ、アンジェリカ!」

「パトリシア様! 来てくださったんですね! ギルフォードもありがとう!」


 うちの隣、アッシュバーン辺境伯領の辺境伯夫人であるパトリシア様と、次男のギルフォードがわざわざお店を訪ねてくれた。社交シーズンに合わせて、辺境伯家も王都に出てきている。


「以前サンプルでいただいたサシェ、とてもいい香りだったから、これはぜひ予約しなくてはと思ったの。そうそう、”恋月夜”と”永遠の祈り”のサシェも、まだ残っているかしら……そうね、10セットほど欲しいのだけど。うちのメイドたちの中にも欲しがる子が多くて」

「あ、ありがとうございます!」


 さすがは辺境伯夫人。太っ腹だ。私が1セットを試しにお渡しすると、その香りを嗅ぎながらうっとりとした表情をされた。


「素敵な香りね。これがトゥキルス産の花だなんて、よく見つけてきたわね」

「すべてはリカルド様のおかげです。あとは、伯爵老様にもその節は大変お世話になりました」


 トゥキルスへの旅路は、パトリシア様の義理の父でもある前辺境伯爵様がいてくださったからこそ叶った話だった。パトリシア様は軽く首を横に振りながら、穏やかな笑みを浮かべた。


「義父も長年のわだかまりが取れたのか、とても満足していたようだったわ。それに、この子にもいい勉強になったでしょう」


 側に立つギルフォードにそっと目を向ける。


「それに、彼の国と友好が深まれば、私たち辺境伯家にとって、これほど安心できることはないわ。また刃を交えるような未来は、決して起こしたくはないもの」


 アッシュバーン辺境伯家はトゥキルスと接する最北端の地。もし再び彼の国との戦となれば、真っ先に切り込んでいくのは辺境伯家の騎士たちであり、パトリシア様の夫であるアレクセイ様だ。そのとき成人していれば、長男のミシェルや、今ここにいるギルフォードだって前線に立つことになる。


「私たち大人が20年かけても平行線でしかなかった両国の関係を、アンジェリカちゃん、あなたが前に進めてくれたわね。ヴィオレッタ王妃様も、婿入りされたマクシミリアン王配殿下も、自分たちの跡をつないでくれる人材が出てきてくれたことを、きっと嬉しく思っておられることでしょう」


 そうしてパトリシア様は、私の手を握った。


「これからもあなたのことを応援しているわ。アンジェリカちゃん」

「パトリシア様……」


 隣国のすぐ近くで誰よりも平和を願っていたのは、この人かもしれない。20年前、まだ辺境伯夫人ではなかったにせよ、この国の貴族として世情をずっと見てきた方だ。戦を回避したい思いはありつつも、伝統ある辺境伯家で声高にそれを告げることもできず、思うところがあったのだろう。


 私もじんわりしながらパトリシア様の手を握り返した。優雅な笑みを浮かべるパトリシア様としばし見つめあっているとーー突然、私の手を握るその力が強くなった。


「ときにアンジェリカちゃん、今日のその格好、かわいいと言えばかわいいんだけどちょっと地味なんじゃない?」

「え? こ、この衣装ですか? いや、私は表には出ないので、これでも問題ないかなと。それに、私はちょっとお手伝いしているだけの立場ですし」

「ダメよ。あなたが実質このお店のオーナーだって、カトレア様から聞いているわ。オーナーたる者、いつ何時もきちんとした格好をしていないと」

「あの、コレもそこそこきちんとした格好だと……」

「全然足りないわ」


 言い切ったパトリシア様は私の手を離さないよう握りしめたまま、店の入り口方面へと振り返った。


「あなたたち! 準備はいい!?」

「「「「イエス、マム!!!」」」」


 そこに現れたのは、デジャヴ感のあるメイド軍団たち。手にはキラキラしい衣装を携えている。その後ろには靴やらアクセサリやら、なんかいろいろじゃらじゃらしているし!


「さぁ、アンジェリカちゃん! レッツお着替えタイムよ!」

「いやあのっ、私、ここから離れられないんで! ほら、オーナーだし! 初日だし!」

「あらぁ、あとはアタシが見といてあげるわよ。お貴族様の予約をばんばん取り付けておけばいいんでしょう? アニエスとラファエロさえいれば楽勝よ」

「ちょっとマリウム! 私を売らないでよ! そうだ、ギルフォード、助けて……っ」

「なぁ、ここ、食べるモンは売ってないのか? なら俺、先に帰るぞ」


 メイド軍団の間をすり抜けてすたすたと店を後にするギルフォード。ちょっとあんた、久々に会った友人に対してそれはないんじゃないの!? あたしは食べ物以下なの!?


「それじゃ、奥の応接室とやらに移動しましょうか、アンジェリカちゃん?」


 不敵に笑うパトリシア様と一糸乱れぬメイド軍団に拉致された私は、その後閉店間際まで着せ替えごっこをされるハメになったのです。ていうかパトリシア様、なぜうちの店の間取りをご存知なの!?





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