いろいろ披露してみました3
正午になり、父の挨拶でパーティが開始された。
「みんな、今日は我が家とアンジェリカのために朝早くから集まってくれてありがとう。既に知っている者も多いと思うが、このたび、我が家ではアンジェリカを正式に後継ぎとして迎えることになった。彼女は今まで隣のアッシュバーン領で暮らしていたが、正真正銘、私と血の繋がった娘だ。つまり、未来のダスティン家の女男爵となる。アンジェリカを迎えたことで、我が家も我が領も存続の兆しが見えた。もちろん、精霊の正式な承認が必要ではあるが、私の子どもが彼女しかいない以上、おそらくは近い将来、承認がされることであろう。その未来を願って、今日は大いに楽しんでもらいたい」
父の演説に領民からは一斉に拍手が送られた。私がここに引き取られて以降、父が領地の視察などに出るときは必ずついていくようにしていたので、顔見知りもずいぶん増えた。おそらく領のほとんどの大人が私と実母、継母との関係について知っている。しかし、実母について悪く言うものはひとりもいなかった。実母が領民と交流を持っていなかったことも大きいだろうが、やはりそこは貴族としての「血を繋ぐ」義務という常識がまかり通っていることの方が大きいのだろう。主家の断絶は自分たちの未来の断絶にもなる。
父に促されて、私も皆の前に立った。
「皆様、はじめまして。このたび男爵家に入ることになりました。アンジェリカ・コーンウィル・ダスティンです」
言葉を切って、少しはマシになったカーテシーを披露する。そのまま顔を上げ、私は言葉を続けた。
「私は、私をひきとってくれた両親に感謝しています。このダスティン家に迎えられたことを感謝しています。何より、領民の皆様とともに未来を歩めることを誇りに思っています。ダスティン領は決して裕福な土地ではありません。しかし、ここには皆様がいらっしゃいます。皆様こそが、この領の宝です。私はその宝を全力で守ることをお約束します」
領民がいなければ領は成り立たず、私たち貴族は生活していくことができない。だからこそ感謝を忘れずに。この現実の主役は私じゃない、ここに生きるみんなだ。
私は様々な思いを噛みしめながら、高らかに宣言した。
「そして、私は皆様を守るだけでなく、皆様の生活の質の向上を目指して、一心に働くことをここに宣言します。まずは、皆様の食卓を豊かにしてみせます。農産物の生産量をあげ、不作の麦に変わる新しい主食を広めることに当面、注力します。手始めに、今日、皆様にぜひ召し上がっていただきたい食材を用意しました。それがこちらです!」
私はポケットからじゃがいもを取り出し、領民のみなさんに見せた。だれかがさっそく「じゃがいも?」と口にする。
「そう、じゃがいもです! 私は家畜の餌としてしか使用されていなかったじゃがいもを、食用に適するよう、調理法を編み出しました。そして、そのじゃがいもで作られたたくさんの料理が、あちらの緑のテーブルに用意されています。皆様ぜひお試しください」
自信満々にどや顔で宣言する。きっとみんな食べたらびっくりするに違いない。私は皆がそのテーブルに殺到する光景を思い描いていた。
ところが、誰ひとりとしてその場から動こうとしなかった。
「??? 皆様、どうぞ召し上がってくださいな」
私は言いながらテーブルに移動する。しかしやはり誰も動かない。ざわざわと不穏な空気が流れる中、漏れ聞こえてきたのは小さな悪態だった。
「じゃがいもなんて、家畜の餌じゃないか。なんでまた」
「ふん、そんなもの食べなきゃならないほど落ちぶれちゃいないよな」
「あんなもの喰えなんて、俺たちを馬鹿にしてるのか?」
そうだそうだ、と賛同する声が広がる。
「皆様、落ち着いてください。このじゃがいもは特殊な調理方法を採用しています。皆様が想像しているような、苦いだけのじゃがいもではありません。味は格段によくなり、小麦粉の代替品として、十分に通用するものです」
言葉を重ねるが、一度広がった空気はすぐには変わらない。領民たちは三々五々に他のテーブルへと移動していく。
「そんな……」
せっかく食用に適するよう改良したのに、誰も試してくれないとは。予想外の展開に私はとっさに動けなかった。