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※2025年10/30-リメイク中。読書中の方は活動報告をご覧ください【二章完結】ヒロインなんかじゃいられない!!男爵令嬢アンジェリカの婿取り事情  作者: ayame@キス係コミカライズ
第二章「温泉まちおこし」編

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裏お見合い大作戦を終わらせます3

「こちらの条件はエリザベスさんを代表に据えた貸し馬車業の商会をダスティン領に立ち上げることです。そして、リンド馬車はその新商会に運営のノウハウと、立ち上げにかかる一切の資材を無償で提供していただきます。なお、新商会はリンド馬車とはまったく関係ない、独立した商会とさせていただきます」

「なんですって!? それじゃ、こちらがタダで新しい会社を作ってやるっていうことじゃありませんか! それじゃなんの儲けにもなりませんよ!」

「タダとは言いません。例の土地をこの新商会が買い取ります。あなた方は土地を手放し、回収した資金で今の難局を乗り切ることができます。立ち上げの際の資金提供など、不良債権化している土地を持ち続けることに比べたら安いものでしょう。エリザベスさんの嫁入りの持参金と考えていただいて結構ですわ」

「エリザベスの持参金、ですと?」


 はっと目線をシュミット先生に向けたエミールさんだったが、すぐにこちらに向き直った。


「なるほど。ゲイリーさんの入れ知恵ですか。そうまでしてうちの妹と結婚したくて男爵家を巻き込んだ、ということですね。まぁいいでしょう。新商会を立ち上げてエリザベスに任せ、その商会に土地を買わせるとおっしゃいましたが、今のエリザベスに支払い能力はありませんよね。男爵家が肩代わりなさるおつもりですか? 実にお優しいことですね」

「いいえ。私たちは肩代わりなどいたしません。支払いは商会の会頭に就任するエリザベスさんに行っていただきます」

「は! 妹に巨額の借金をさせるおつもりですか! そんなこと、兄として許せるはずがないでしょう! それとも、エリザベスと結婚するそこの貧乏医師が代わりに背負ってくれるんですかね」

「その点はご心配なく。この新しい貸し馬車事業には、我がダスティン家が投資します。エリザベスさんはその資金でまず土地の料金の一部――高利貸しから借りている分を即日返済します。銀行の貸付分はそのまま新商会にスライドし、こちらは分割で返済していってもらいます。エミールさんも土地を買い取る際に、全額の融資を受けたわけではないですよね? 一部は商会の内部資金から調達したはずです。その分も分割返済ということにしてもらって……」

「ちょっと待ってください! 高利貸しから借りた分を即日返済って、それだけでも巨大な金額ですよ? それを男爵家がお支払いになると? いや、男爵家の商売がうまくいっているというお話しは聞いていますが、それにしたってどうにかなる金額だとは……」

「その点は問題ありません。我が家の領地開発事業に関しても、この度投資家の方々から融資を募ることにいたしました。具体的な金額までは明かせませんが、かなりの資金調達が見込めます」


 温泉開発や街づくり事業はお金がかかる。その資金をどう調達するか、ずっと悩みの種だった。そのためにマリウムを招いて化粧品開発をしたり、アンジェロを雇ってトゥキルスの香りのビジネスを立ち上げたりしていた。ポテト料理店のフランチャイズ事業も好調だったから、それでなんとか乗り切るつもりでいたのだけど、さすがに王都の土地を買い取るとなると、全然足りない。


 ならばその資金をどう調達するかーー父やロイと議論を重ね、投資家として大成功を収めているアッシュバーン辺境伯家のシンシア様にも助言をいただいた結果、領地開発自体への出資を募る決意をした。ここで集めた資金を元に、領内に立ち上げる新規の貸し馬車事業に投資をするという名目で、王都の土地をリンド馬車から買い取る資金を注入する。借金をあらかた精算できたリンド馬車は、エリザベスさんを人身御供にする必要がなくなるし、間接的に手を貸した我がダスティン家に借りができることにもなる。これが“プランB”。


 ただし我が家も無傷ではいられない。投資というのはいつかその利益を大きくして返済しなければならないもの。それができなければ、我が家は王国内での信用を失い、再び没落の一途を辿ってしまう。例年冬を越せない子どもやお年寄りがたくさんいたあの時代に逆戻りしてしまうことだけは、絶対にできなかった。我が領の安定した運営と、シュミット先生たちの結婚と。どちらかしか取れないとなれば、選ぶのは前者でなければならない。


だけどーー。


「ひとりの領民すら救えない者が、その他大勢の領民を救うことはできないよ」


 この話し合いの最中、父が言った一言。苦しい時代を一番知っているはずの父が、誰も見捨てない方法をとろうじゃないかと言ってくれた。そこから私たちは「無謀な話」をするのでなく、どうすれば「戦略的な話」にできるのかを話し合った。熟考した結果の出資を募るチャレンジだ。以前、王都孤児院のポテト食堂を立ち上げたときにも同じことをした。あのときは見返りとしてポテト料理のノウハウを教えるという形で、マクスウェル宰相等、つながりのあった高位貴族の方々が協力くださり大成功をおさめたが、今回は規模が違う。


 だが、今回の資金調達で、我が家には相当な原資ができる見込みだ。思っていた以上の市場の反応に驚いたものだが、シンシア様は「当然よ」と微笑んでくれた。


「ダスティン家の画期的なアイデアと、それを驕らない手堅い商売は、貴族や富裕層の間では高評価なのよ。高位貴族とのつながりが大きいことも魅力のひとつね。投資先としてこれほど安心できるものはないわ。香りの新ビジネスがトゥキルスの王族絡みということを明かすことができれば、さらなる資金調達が可能でしょう」


 トゥキルスのリカルド様との提携はまだ準備段階で、本契約には至っていない。今回のプレオープンで手応えを掴んだ後に再度の交渉に入ることになっている。確かに王族とのビジネスを手がけていると知れれば、出資者はさらに増えることだろう。そういった意味でも、なんとしても成功させなければならないものではあるが。


 そんなわけで、当面の資金面には大幅なプラスを伴って目処がついた。問題は、この”プランB”が実行に移せるかどうかだ。


 私は、驚き顔のまま言葉もないエリザベスさんにいざ向き合った。


「エリザベスさん、あなたはどう思いますか? 新しい商会の会頭として、新規の貸し馬車業を担うつもりはあるかしら。実家の商売をそのまま移築するイメージではあるけれど、決して楽な未来ではないわ」


 なにしろこの事業を背負うということは、多額の負債を背負うことと同義だ。我が家は土地の購入費を一時的に手助けするが、それは新商会の借金として残ることになる。


「私……」

「エリザベス、やめておけ。男爵家が借財を肩代わりしてくれるならともかく、そうじゃないんだ。おまえがあの土地を購入して、借入金を返済していくことになる。商売などしたこともないおまえには無理な話だ」


 エミールさんがそう妹を説得する。その声色は彼女を軽んじるものではなく、心配の色が滲んでもいた。妹に対する情が完全になくなっているわけではないようだ。


「エリザベスさん、以前、私はあなたに問いかけました。”シュミット先生と結婚するために、今から努力をしようと思えるか?”と。そのことをおぼえていますか?」

「……はい」

「あなたは、”もちろんです”と言いました。今まで何も努力をしてこなかったことを嘆いてもいましたよね? ここがあなたの頑張りどころです。できっこないと諦めて家のために嫁ぐか、シュミット先生と結婚するために自分の力で未来を切り開くかーーどちらを取りますか?」


 私のまっすぐな問いに、エリザベスさんは唇を強く噛み締め、息を吸った。


「私、やります。ダスティン領で商会を立ち上げます。そして、借金を返済してみせます」

「「エリザベス!」」


 重なった2つの呼びかけは、エミールさんとシュミット先生のもの。顔を上げたエリザベスさんは、どこか落ち着いて見えた。


「私自身、何ができるかというと、何もできません。でも、このまま何もできっこないと諦めることも、何も策を持たないままゲイリーの元に逃げ出すことも、どちらもしたくない……というより、できません。だってゲイリーは、身を立てようと努力しています。それにエミール兄さんだって……今回のことは大きな失敗だったかもしれませんが、いつだって後継として認められるよう、努力をしてきた人です。愛する人や兄に努力を押し付けて、私だけ高みの見物なんて、そんな恥ずかしいことできません。アンジェリカお嬢様が私に努力するチャンスをくださるというのなら、喜んでお受けします」


 彼女の決意を受けて、私はすかさずシュミット先生にも問いかけた。


「シュミット先生、あなたはどうしますか? 借財を背負ったエリザベスさんと結婚すれば、先生も無傷ではいられません。何より、先生ご自身もダスティン領に縛られることになるかもしれない……それでも、エリザベスさんと結婚しますか?」

「もちろんです。借財でも仕事でも家族でも、私がすべて背負ってやることはできないかもしれませんが、分け合うことはできます。彼女の新しい挑戦を、すぐ側で見守り、支えるのは私でありたい」

「ゲイリー!」


 エミールさんの手をすり抜けたエリザベスさんが、シュミット先生の元に駆け寄る。その背中を追いかけるように、エミールさんがさらに叫んだ。


「エリザベス、待つんだ! そんな単純な話じゃないぞ! 商売がうまくいくとは限らないし、その貧乏医師だっておまえの助けになんかなるわけないだろう! それよりもうちの商売を立て直す方が早道で確実だし……そもそもあの土地を代わりに背負ってどうするつもりだ!? 使い道なんかないぞ!」

「そこまでじゃ!」


 狭い応接室に突如として轟く野太い声。開け放たれた入り口に立ち、激昂するエミールさんをたった一言で遮ったその人は。


「お父さん!」

「な、父さん……っ! なんでっ!」


 背中をやや丸め、杖と夫人にその身を支えてもらいながら、けれど毅然とした態度で場を見据える、エミール兄妹の父親。職場で倒れ、療養と称しての施設暮らしとなっていたはずの、ドナルド・リンド氏だった。








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