仲間にめぐまれました
アルファポリスで「魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係」を連載中です。
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王都に到着してあっという間に1ヶ月がすぎ12月、都はとうとう社交シーズンに突入した。領地から続々と集まってくる貴族たちで都はごった返し、大教会を周辺の中心地は毎日がお祭りのように賑やかだ。
そんな中、ダスティン領から頼もしい味方たちがやってきた。
「おとうさま!」
「やぁアンジェリカ。忙しくしていたようだね」
出始めたところでぎりぎり保たれている父のお腹にぎゅっと抱きしめられながら、私は彼らを出迎えた。父の背後には見知った顔が並んでいる。執事のロイに、彼の奥さんでもあるメイドのサリー、そして娘のリーリア。
「早めに王都に出てきた甲斐は十分あったようだね」
事前に手紙で知らせていたこともあり、父は私の頭を撫でながら言った。
「はい。少し早いけれど、月末の王宮の舞踏会前にはプレオープンさせたいと思っています」
「ふーん。それで、急遽私を呼び出したってわけなの?」
「マリウム!」
今日は旅装姿なせいか、いつもよりは地味なドレス姿の彼が、顎をつん、とあげてそこに立っていた。
「よくきてくれたわね。そうなのよ、いい調香師が見つかってね! だけどいろいろ問題は山積みで……」
勢いよく説明しようとした視線の先に、ずん、と沈んだ顔色で今にも部屋を飛び出しそうな人の影を見つけて私を目を丸くした。
「シュミット先生……! どうされたんですか? 顔が真っ青ですけど!」
明らかに健康を根こそぎ損ねている印象の彼は、社交シーズン中に開かれる医学学会で、温泉を利用した住民の健康促進について中間発表をする予定だ。研究が成功し論文にまとめることができれば、晴れて恋人のエリザベスさんと結婚できるはずで、この学会準備も張り切って望んでいたはずだった。
「あぁぁぁアンジェリカお嬢様……! 私は一刻も早く行かねばならないのです!」
「え、行くってどこへ?」
私の問いかけも耳に入らぬほどに焦って部屋を出ていきそうになる彼を羽交い締めで止めたのはなんとマリウムだった。
「だから! いきなり押しかけたって先方から門前払いされるかもしれないっつてんでしょうが! ちょっとは人の話聞けやっ」
「ま、マリウム、ちょっと素が出てるから!」
シュミット先生は痩せ型ではあるが背は高い。この面々で彼を止められるとしたらマリウムだけだろう。
「いったいどうしたっていうの?」
私の問いに答えてくれたのは、社交シーズン前に休暇をとって、息子と娘のいるウォーレス領に里帰りし、王都出向組の出立と合わせて上京してきたクレバー夫人だった。
「それが、シュミット先生の恋人のエリザベスさんに、別のかたとの婚約の話が持ち上がっているらしいのです」
「えぇ!? だって2年は待ってもらえる話じゃなかったの?」
恋人のエリザベス・リンドさんは王都で貸し馬車業を営むリンド家の末娘で、彼女の両親や後継の兄たちは、貧乏医師のシュミット先生との交際に反対していた。けれどエリザベスさんの強い意志に折れて、2年の間にシュミット先生が医学の世界で名を上げ、娘が何不自由なく過ごせる環境を作れれば結婚を許すと態度を軟化させていた。まだその期限には猶予がかなりあるはずだ。
「彼女の両親はまだ理解があるのですが、後継であるご長男が、エリザベスを取引のある商家に縁付けるべきだと主張しているらしいのです。エリザベスの父親は昨年怪我をしたのを機に隠居状態で、商売の大方をご長男に任せるようになったそうで、それで自宅では彼の発言権が増しているのだとか。ご長男はリンド馬車の経営をさらに発展させて、王都以外にも出店する計画を立てているそうで、そのためには使えるものは使おうとしているのだと、エリザベスが手紙で知らせてきました」
なるほどそういう事情かと理解はしたが、シュミット先生の憔悴ぶりを見ているととてもじゃないが納得はできなかった。政略結婚は貴族の間や、彼女のような裕福な家では当たり前かもしれないが、それにしても一度した約束を反故にするなんてあんまりだ。
「とにかく! 今は会社も家もその長男とやらが仕切ってるんでしょ? エリザベス嬢とやらも軟禁状態みたいだし。いきなり出向いても門前払いされるだけだからちょっと待てって道中ずっと説得してたのよ」
状況説明をしている間に落ち着いてきたのだろう、勢いを失ったシュミット先生を見て、マリウムも手を離す。がっくり肩を落とすシュミット先生は、とてもじゃないが学会で堂々と発表できる状態ではない。それはそれで、温泉を軸に湯治客を呼び込もうとしている領の計画に大きく水をさしてしまうことになる。もちろんそれ以上に、思い合っている恋人たちが不幸になるのは見ていられない。
「わかったわ、なんだか乗りかかった船だもの。そっちもなんとかするわよ!」
やらなければならないことは山積みだ。今更1つ積み上がったところで大した問題じゃない、と思う。
「まずはどこから手をつけようかしらね」
シュミット先生の学会は年が明けてからだから少し時間がある。トゥキルスの王族・リカルド様との新ビジネス本格展開のために結果を出さなければならないリミットは3月。香りのお店は今月中にプレオープンさせたい。サシェの袋を作ってくれるデザイナーはプレオープンにはとても間に合いそうにないので、今回は既製品で切り抜けるとして……そうだ、作家シャティ・クロウ氏こと、ガイ・オコーナーさんとの面会は、商品名をつけてもらう必要があるので急務だ。あと、アニエスと歌劇団の打ち合わせもいるし……。
「アンジェリカ、大丈夫?」
頭を抱える私の肩にそっと手を置いてくれたのは継母だった。彼女はやわらかな笑みを浮かべてそのまま私の頭を抱え込んだ。
「なんでもできるあなたは素晴らしいけれど、あなたの周りにはあなたを支えたいって思っている人がたくさんいるのよ? それを忘れないでね」
「おかあ様……」
継母の言葉に改めて顔をあげると、私の前にずらりと並んだ人たちが同じく笑みを浮かべてこちらを見ていた。父の穏やかな瞳、ロイの一時期は考えられなかったような温度のある瞳。リーリアを抱っこしているサリー、傲岸不遜に不敵な笑みを浮かべるマリウム、きりっと前を見つめるクレバー夫人、シュミット先生は笑顔とまではいかないけれど、泣き笑いのような表情。
そうだ。私が前世の記憶を取り戻した瞬間は、誰1人として私の前にはいなかった。それが5年で、こんなに大勢の人が私とともに生きてくれるようになったのだ。
「だから、大丈夫よ」
継母の温かな手が私の頬にすべる。本当にこの人は、目立たないけれどいつもこうして私を一番に支えてくれるのだ。
「……はい」
嬉しくてこみあげそうになるものをぐっと我慢して、私は大きく息を吸った。
 




