調香師を探します2
【登場人物整理】
シンシア・アッシュバーン
王立騎士団副団長であるロイドの妻。王都に住んでいる。自身が孤児院出身だったこともあり孤児支援に尽力している。
ロイド・アッシュバーン
シンシアの夫。王立騎士団の副団長。アッシュバーン家の長男
アレクセイ・アッシュバーン
アッシュバーン辺境伯爵家当主。ミシェルとギルフォードの父親。
パトリシア・アッシュバーン
アレクセイの妻。アンジェリカに着せ替えをすることを楽しみにしている。
エヴァンジェリン・ハイネル
ハイネル公爵令嬢。ゲームの中では悪役令嬢だった。
一足早く王都に出てきた私と継母は、その日アッシュバーン家のシンシア様宅を訪問していた。本格的な社交シーズンが始まるまであと1ヶ月。辺境伯のアレクセイ様とパトリシア様、それに次男のギルフォードはまだ領地にいるから、王都のアッシュバーン家はシンシア様と騎士団副団長のロイド様の2人だけだ。
事前に手紙でお伺いをたてていたのだが、この日はスノウも同行させていた。シンシア様なら事情をわかった上で、彼の同席も許してくれると考えてのことだ。当のスノウはというと、貴族の、それも王家のおぼえもめでたい辺境伯家のタウンハウスということでかなり緊張した様子だ。さきほどから借りてきた猫のように縮こまっている。
スノウはとてもいい子だ。母親譲りと思わせる中世的な容貌も悪くないし、手先の器用さは見事で、今でもケビン伯父を見習って細工物を上手に作っている。口調や態度にはぶっきらぼうなところがあるものの、その奥にちゃんと優しさがあることも私は知っている。なんというか、健全な10歳の子どもに育っている。
彼が貴族の世界に憧れているのかどうかまではわからない。でももし将来の選択として王立学院に入学したいと思っているなら、越えなければならないハードルはやっぱりある。
前世の妹の話では、スノウもアンジェリカと一緒に学院に入学していたが、アンジェリカのサポートキャラだった彼は、アンジェリカを庇って退学になってしまったとのことだった。そんな非情な出来事も踏み台にして攻略対象と結ばれるアンジェリカは相当なモノだと思うが、それはさておき、もし現実の彼もまた同じ道を選ぶなら、私は絶対に彼を退学させたりはしない。
私たちが王立学院に入学するまであと2年ほど。スノウにはたくさんのことを吸収してもらわなくてはならない。そのデビューとして、シンシア様とのお茶会はうってつけだった。
ダスティン家には遊びによくきていたから、継母から最低限のマナーは教わっている。ただ、ウォーレス領の自宅では特に教育らしいものは受けておらず、街の教会で神官たちから手習いを教わっている程度とのことなので、子爵のエリン様の縁者として貴族籍で学院にあがったとしても、かなりきつい思いをすることになるだろう。ケビン伯父も忙しくしている人だから、その辺りを指導するのは難しそうだ。
私に託されたのは、彼にビジネスや勉強を教えてあげることではない。人生初の大きな選択をする時期が迫っている中、ケビン伯父は息子にもっといろんな世界を見せてやりたいと願った。だから私はその手助けをして、彼が何にも流されず、自分の意思で後悔のない選択ができるよう、支えてあげたいと思っている。
前世の私が生きていたとしたら36歳だ。20代で子どもを産んだとしたらスノウくらいの年齢の子がいてもおかしくない。あぁでも今の私はスノウと同い年だ。だめだ、なんかこんがらがるし微妙に落ち込む。
「あら、アンジェリカちゃん、どうしたの? 卵なしのスコーン、美味しくなかったかしら」
「え? いえっ、そんなことないです。とても美味しいです」
平民出身のシンシア様は今でもお菓子作りのために厨房に立つそうだ。彼女のお手製、卵なしのスコーンは変わらずのおいしさだった。
「シンシア様、申し訳ありません。アンジェリカは今、新しい事業のことで頭がいっぱいなんです」
継母の助け舟に、シンシア様が「あぁ」と頷いた。
「新しい事業といえば、香りのビジネスのことかしら。確か調香師を探しているのだったわね」
調香師の件はシンシア様にもとっくに相談済みだ。
「私が美容関連にはとんと疎いものだから……協力できなくてごめんなさいね」
「いいえ、シンシア様にはいつも相談にのっていただいて感謝しています」
「王都で美容関連にお詳しい貴族といえば、ハイネル公爵家のエルシア様あたりだけど……」
「ハイネル公爵家……なかなか厳しそうですね」
私の引き攣った笑いに、シンシア様も曖昧な表情を浮かべた。
そういえばハイネル公爵家の名前を久々に聞いた。我々が領地に引っ込んで暮らしているからしょうがないことではあるのだが。
ハイネル公爵は地質学者として多忙で、王立研究所の名誉所長となってはいるが、はじめの1年こそ往来があったものの、研究所が回り出してからは完全に名誉職扱いになっている。長女のエヴァンジェリンとは過去にお茶会に呼ばれたり手紙のやりとりがあったりなどしたが、下級貴族との交流をよく思わない母親のエルシア夫人に阻まれ、こちらも音信不通となっていた。去年の精霊祭にあわせた大教会での子どもたちの発表会企画も、私は完全に締め出され、観客として列席した最後の見送りの場で、一瞬だけ目があったものの、すぐに逸らされてしまった。
エヴァンジェリンのことを大事にはしているだろうが、自分の研究優先で領地から出てこない父親とは離れ、同じく彼女のことを愛してはいるだろうが強烈な貴族主義である母親のエルシア夫人の元で教育される過程で、彼女の凛とした性格が歪んでしまわないかと心配していた。
せめて彼女の優しい部分が損なわれないようにと、孤児院の子どもたちと交流できる機会を提供したりもしたのだが。
「シンシア様、今年の精霊祭の発表会企画がどうなっているのかご存知でしょうか」
初年度こそ私が中心となって動いた企画だが、その後はエヴァンジェリンに託したものだ。彼女がうまく導いてくれるものと思いたかった。




