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新ビジネスを考えます2

「サシェを数種類、普通に売るならそれほど大きな売り上げにはならないわ。だけどその香りの種類を自分でブレンドして、自分で好みの香りを作れるようにしたら面白いと思うの」


 今回持ち帰ったサボテンの乾燥花は全部で5種類。どれもトゥキルスの王都付近のものだ。急なことだったので他の地方のものは、市場で仕入れた商品としてのサシェの分しか手元にない。


 そしてマリアさんからの情報では、同じサボテンでも、育った地方によって微妙に香りが変わるのだそうだ。おそらく土壌や水分量、日射時間などが関係しているのではとのことだったが、トゥキルスは王都を中心に東西南北の地域に分かれるから、同じ5種のサボテンでも20種類以上の花が揃うことになる。そこに花のブレンドの技術と精油も組み合わせれば……もう無限大だ。


 その無限の可能性をお店に陳列して、客の好みの香りをブレンドして販売するのはどうだろうと考えた。まず基本となる香りをいくつか決めて、そこに、例えばプレゼントしたい相手のイメージの香りを足していく。最後に精油を垂らせば、それは世界にひとつの香りとなるかもしれない。


「ブレンドする花びらの数によって値段がプラスされるようにしたり、精油の種類で値段設定を変えたりすれば、庶民から貴族まで手に取れる商品になるでしょう? あとは販売方法も変えたらいいかも。貴族向けには店舗を用意して、庶民向けには屋台、とかね。それにサシェに名前をつけて販売するのもいいかもしれないわ。何かこう、ロマンチックな名前ね」

「ロマンチック……“恋月夜”とか“永遠の祈り”とかですかね!」


 サリーが目をキラキラさせて両手を組み合わせた。


「そうそう、そんな感じ! ……でもそれ、どこかで聞いたことのある題名ね」

「お嬢様もご存知でしたか! シャティ・クロウの小説のタイトルですわ! 恋月夜は作者の処女作で、発売から数年たった今でも大人気なんですって。永遠の祈りはその続編で!」

「……サリー、小説なんてよく知ってるわね。うちの領じゃ手に入らないでしょうに」

「ケイティが送ってくれたんですよ! あの子もシャティ・クロウの大ファンで、以前王都に行った際に恋月夜を貸してくれて、私がとても気に入ったものだから、続編を手に入れてくれたんです! 本当によくできた娘ですわ」


(ケイティ、仕事づけでちょっとかわいそうかなと思ってたけど、意外と王都暮らしを楽しんでいるようで良かったわ)


 ちなみにそっち方面にとんと興味が持てない私だけど、第一作の恋月夜は読了している。なぜかっていうと、孤児院出身で劇団で働いているアニエスが小説のファンだったからだ。彼女が大教会の発表会で披露した一人芝居が、恋月夜の一節だった。なかなか骨子がしっかりした小説だった記憶があるけれど、あれ、続編が出てたのか。そういえば、女性だけの歌劇団の設立をアニエスには頼んでいたけれど、準備ちゃんと進んでるのかな。今度確認しないと。


「と、いうわけで。単価が低くなるものでも付加価値をつければ商売として成り立つんじゃないかしらと思って。例えばプロポーズのときに花束ってありきたりだけど、そのときに世界でひとつのサシェをプレゼントしたら素敵じゃない? そのレシピも残しておけば、たとえそのときの香りが色褪せても、また同じものをブレンドして手に入れることができるわ」

「え、レシピも売ってしまうんですか? それでは他店に調合の方法が知られて、コピー製品が広まってしまうかもしれませんよ」


 ロイの懸念に私は首を振った。


「レシピはお店で残しておくのよ。いわば顧客名簿のようなものね。そうやってリピーターにつなげるのと同時に、常に百種類近くの香りを用意しておいて、その中から選ばせるっていうその行為自体も、十分付加価値になると思うの」

「なるほど、それでマリウム殿へのこの依頼になるわけですか」


 ロイが納得する一方で、マリウムは眉間にシワを浮かべたままだった。


「どうしたのマリウム。何か問題でもあるかしら。それとも私の意見、どこかよくないところがある?」


 なんといってもこの人は天才と言えるレベルの技術者だ。彼の意見は無視できない。


「お嬢ちゃんのアイデアは面白いと思うわ。だけど、ちょっと無理があるわね」

「どこが難しいのかしら」

「ちょっとしたサンプルくらいなら私にでも作れるけれど、百種類の、ちゃんと売り物になる香りとなるとちょっと荷が重いわ」

「マリウムの技術は一級品だわ。そんなあなたにとっても難しいことなの?」

「もちろん、私の技術は王国一よ。だけどコレはちょっと種類が違うのよ。このアイデアを実現させるためには、一流の調香師が必要ね」

「調香師?」

「えぇ。香水や香油なんかを開発する技術者のことよ。彼らは私たち技術者の中でも特殊な位置付けにあって、いわば一流の鼻利きなのよ。どんな微かな香りでも嗅ぎ分けられる能力と、それを巧みにブレンドする技術が必要だわ。こればかりは生まれ持った才能もあるから、私の手にはおえないわね」


 お手上げのポーズをするマリウムの表情は、どこか飄々としていた。自分ができないことを嘆いたり棚にあげたりするのではなく、明らかな分野違いということなのだろう。


「どうせなら私は畑違いのこちらじゃなくて、サボテンの保湿成分を使った別商品の開発に取り組みたいわね。その方が適材適所ってものよ」


 そうだった。本来はマリウムがサボテンのエキスが入った軟膏に興味を持ち、クリームを開発したいということから始まった話だった。あちらで質のいい精油や香油も手に入ったので、それをエステサロンで使用する化粧品に組み込むための商品開発も残っている。彼ひとりにあまりに多くのことを押し付けるのはよくない。


「わかったわ。それなら調香師を探すしかないわね」

「そうしてくれると助かるわ。構想中のサロンでも香りを展開できたらと思ってるから、そちらに意見も欲しいし」

「ちなみにマリウム、調香師の知り合いに当てはないのかしら」

「あら、私が他の技術者とつるむような性格に見えて?」

「……愚問だったわ」


 それもそうだ。他の技術者や雇い主と仲良くやれるなら、無職でハムレット商会に転がり込んだりしないし、そもそもこんな田舎に来てはくれなかっただろう。


「調香師の件は私がなんとかするわ。マリウムは化粧品の方に注力してちょうだい」


 方向性が定まったところで、私は頭の中でざっと計算してみた。リカルド様との約束の期限が半年。今は9月だから、年明けの社交シーズンまで待っていたら遅すぎる。とはいえこれから秋の収穫で領地は大忙しだから、こちらを離れるわけにはいかない。温泉リゾート開発についても、リー&マーティン事務所から連日のように打ち合わせ依頼が入ってくる。


(猫の手も借りたいとはこのことかしらね)


 困ったときの相談先は決まっている。私は屋敷に戻り、急ぎ手紙をしたためた。







恋月夜にこんな伏線があったとは・・・

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