隣国で知る意外な事情です1
というわけで。
一ヶ月近くの長旅を経て、とうとうトゥキルスの都に到着した。さすがの私もぐったりだ。同い年のギルフォードはやたら元気で、私たちが滞在するお屋敷をさっそく探検して回っている。道中、私とマリウムは馬車に乗りっぱなしだったが、意外なことに乗馬に慣れているマリウムは馬と馬車を交互に使っていた。伯爵翁様は当然ながら馬上の人だ。
そして警護がしやすいからという理由で、リカルド様も馬車に同乗された。彼もまたギルフォードと同じく気晴らしにと馬に乗ることもあったが、半分近くは同じ馬車だ。王族と一緒くたにされるなど私からすれば呼吸もしづらい状況だったが、マリウムの傍若無人ぶりのおかげで、ある意味ことなきを得た。ほら、上には上がいるっていうかね。
トゥキルス女王の甥であるリカルド様のご好意で、私たち一行はリカルド様のお母様のご実家が所有しているという王都の屋敷に滞在することになった。リカルド様は王族の一員だが、トゥキルスの慣習では結婚するまでは一人前とみなされず、身分的には平民となる。そんな彼に招かれた私たちだから、おいそれと王宮近くには置かれないようで、それが逆にありがたく、私は到着したその日は屋敷でぐーたらさせてもらった。いくら健康優良児で運動神経もそこそこいいというアンジェリカでも、9歳児にはなかなか過酷な旅程スケジュールだった。
ギルフォードと同じく、意外なほど元気だったのがマリウムだ。到着したその足で、目当てだったサボテンエキス入りのクリームをどこかから調達してきたようで、あれこれとお試ししている。なぜか私に割り当てられた部屋で。彼の部屋は本来は隣だ。反対隣は伯爵翁様とギルフォードだ。まぁいいんだけど。
ソファにぐったりぎみの私の前で、綺麗に身繕いしなおしたマリウムが取り寄せた化粧品を並べていた。クリームのほかにもいろいろあるようだ。原料となるサボテンまである。
「これがサボテンねぇ。トゲがあるところはバラと同じなのね。こっちの方が凶悪そうだけど。ほらお嬢ちゃん、あんたもちゃんと見なさいな」
彼がどん、と置いたのはサボテンの鉢植え。いや、見なさいって言われても、前世で見慣れてるんだよね。職場アフリカだったし。アフリカ、砂漠もあちこちにあるし。
とはいえそんなことは口に出せるはずもなく。そもそも彼の雇い主兼依頼主は私なので、無下にもできない。疲れた頭と身体を叱咤しつつなんとか話を合わせた。
「確かに珍しい形よね。中身はどうなってるのかしら……って、ちょっとマリウム! 勝手に解剖しちゃダメじゃない!」
「大丈夫大丈夫、これ、借りたんじゃなくてくれるって言ってたから。へぇ、こんな組織になってるのね。中身はみずみずしいわ」
「砂漠じゃ水分補給に使われることもあるって聞くしね。その辺りが保湿成分と関わってるのかも」
「もっと詳しい話を聞きたいわね。よし、ちょっとリカルドに言って段取りつけてもらうわ」
「ちょっと待って! ダスティン領ならともかく、ここはトゥキルスよ。加えてリカルド様のお身内のお屋敷なの。彼を顎で使うようなことはしないで。国際問題になっちゃう!」
「だーいじょうぶよ! あたしとあいつの仲だもの」
「いやいやいやあなたかなり不敬だからね!? いつ首がとんでもおかしくないこといっぱいやらかしてるからね!」
「はいはい。あたしだって弁えてるわよ。あたしは、ちゃんと大丈夫な相手にしかそういうことはしないってば。お嬢ちゃんとか、リカルドとかね。あと伯爵翁サマとかギルフォードくんとかも話がわかる人でよかったわぁ」
確かに今あげた面々はマリウムの言動に対してビクともしない人たちばかりだ。一応伯爵翁様に敬称をつけているのは、彼の身分どうこうというより年長者だからだろう。そういえばうちの両親のことも男爵サマ、奥サマって呼んでいた。
たくさん並べたトゥキルス産の美容品を目でも肌でも、ときには舌まで使って確かめるマリウムを眺めつつ、彼のこの野生の勘的なものもまた才能のひとつなのかもしれないと思った。




