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【二章完結】ヒロインなんかじゃいられない!!男爵令嬢アンジェリカの婿取り事情  作者: ayame@キス係コミカライズ
第二章「温泉まちおこし」編

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ある少年との出会いです2

前回に続き、とある障害に関わる記述があります。それに関しての周囲の評価に気分を害されるものがあるかもしれません。物語の特性上のものとしてご理解いただければ幸いです。極力注意して記述しているつもりです。なお、作者はこの方面について専門的な知識を有しています。誤った情報の拡散や差別意識の意図はないことを明言いたします。

 ラファエロという少年は、落ち着かせるために今晩1人部屋で過ごさせることにしたと、その後クレメント院長が知らせてくれた。


「あの、実は子どもたちから彼のことを聞いたんです。それで気になってしまって」


 孤児院の中の采配はクレメント院長の領分。私が口を挟んでいいことではないと思いつつもそう切り出すと、院長はため息を吐きつつも説明してくれた。


「あの子はラファエロと言いまして、半年ほど前にうちにやってきました。それまでは行商の一隊で働いていたようですが、どうやら日常的に虐待されていたようでして。騎士団にその報告があがって保護され、うちで預かることになったんです。初めは彼の奇妙な言動は、虐待されていたことからくる愛情不足かとも思ったのですが、どうもそうではないようで。長年子どもたちをみていますと、たまに彼のような子どもがいるんですわ。私たちもプロですから、そうした対応も心得ているつもりなんですけれど、なかなかうまくいかないようです」


 院長の言葉には、彼のことを手がかかる子と呆れるのではなく、精一杯支援しようとしている思いがこめられていた。寄り添おうとするもうまくいかない、そんな葛藤も、だ。


「確か、洗濯場で使っている洗剤の匂いが嫌いだって」

「そうなんです。うちで使っている洗剤は安物で、それほど強い匂いはないのですけどね。あの子はそれを嗅ぎ取ってしまうみたいですわ。あとは煙草などの匂いもダメなようです。奉公に出ている子どもたちは、行った先でそういったものに触れることもあります。子どもたち自身が使わなくても、衣服に匂いが移ったりするようで。洗濯物にはそうしたものも混ざりますから、それが苦手みたいですわ」

「匂いに敏感なんでしょうか」

「かもしれません。絵を描くのが好きなのですが、混ぜ物の多い絵の具でなく、高価な鉱物や植物などの顔料のものを欲しがります。それから花が好きなようです。ひとりでふらっと庭に出ては、咲いている花を摘んだり匂いをかいだりしています」

「食べ物の好き嫌いも多いとか」

「そうなんです。それも野菜が嫌いとか、魚が嫌いとかいう話ではなく、白っぽいものしか食べないという風変わりなもので。栄養の偏りも気になるんです。あの子はずいぶん痩せているでしょう? 虐待の影響ももちろんあるとは思いますが……」


 そのほかにもラファエロが嫌がるものはたくさんあった。子どもたちが喧嘩する声、馬車が激しく往来する音などが響く場所では、耳を塞いで動けなくなってしまうそうだ。着る物にもこだわりがあって、冬になっても夏に着ていた半袖の服を着続けようとするなど、大人からすれば奇妙だと思えるこだわりが多かった。


 院長先生の話を聞いているうちに、私の頭には前世で学んだある症状が浮かんできた。好みの偏り、音や匂い、触覚に関する感覚の過敏、感情のコントロールや表出の苦手さ。


(ラファエロはもしかしたら何か特性を併せ持っているのかもしれないわね)


 私自身、子どもや発達の専門家ではないから断言はできないが、前世で見聞きしたことのある情報がそこにつながった。だがつながったからといって何か助言できるほどの見識はない。もっと私にこの方面の知識があれば、彼や院長のために何かできただろうにと思う。


 今の院長先生の目下の悩みは、ラファエロの進路についてだった。


「あの子は今年で13歳になります。本来は孤児院を卒業する年で、延長できてもせいぜいが1年。その間に将来の筋道を立ててやらねばならないのですが……」


 音や匂いに敏感な以上、人が多く集まる場所では働けず、食堂やお店などは難しい。では職人になれるかといったら、匂いや手触りなどに敏感な彼にとって苦痛を伴う現場が多い。花が好きということで、一度花屋に奉公の練習をさせてもらったが、接客が難しく断られたそうだ。


 このままいけばスタッフのひとりとして孤児院に残ることになるかもしれないと院長は付け足した。ただし彼が養われる子どもでなく、面倒を見る側に回れるかというと、今の段階では難しい。


「まだ1年は猶予がありますから、もう少し考えてみますわ。あの子も旅から旅への生活から解放されて間もないですから、これから慣れてくれるかもしれません」

「そうですね。及ばずながら私も考えてみますね」


 そう答えつつ、孤児院を後にした。


(難しいなぁ……)


 改めて人を支援するということの大変さについて考える。ひとりひとりに見合った将来を考えるのは簡単なことではない。それをこなしているクレメント院長たちがどれほど凄いかわかっているから、付け焼き刃の私があれこれ意見などできない。


 水をかぶりながら、切羽詰まったように叫ぶラファエロの横顔を思い出す。クセのある肩口までの髪をぐっしょりと濡らし、黒い瞳もまた濡れていた。それは水のせいか、別の理由か。大人の事情に翻弄され、居場所を転々とさせられた浅黒い肌の少年。隣国トゥキルスの名残を感じさせるその名と風貌が胸を打つものの、自分にできることが何も思い浮かばないまま、王都を後にすることになりそうだ。




 話すことすらなく、ただ一瞬その横顔を焼き付けただけのこの少年のことを私が思い出すのは、もう少し先のことになる。



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