歌劇団を作りましょう2
舞台の後片付けが終わるのを待って、カフェで再び彼女と落ち合った。
「今日の舞台はとても面白かったわ。庶民向けの楽しい作りになっていて、何度もお腹を抱えて笑っちゃった」
「ありがとうございます。うちの劇団のウリはコメディなので、今回のようなストーリーは得意分野なんです」
すっかりメイクを落としたアニエスは、涼やかな目元がきりっと際立つクールビューティに様変わりしていた。15歳にして身長はすでに170センチあるらしい。そしてそれは今では彼女のコンプレックスになっていた。
「団長からはまだまだ伸びるだろうって言われて……。そうなると私に任せられる役はほとんどないとも。貴族の方々にパトロンになっていただいたおかげで、サロンでの一人芝居の仕事があるにはるのですが、でも、私、やっぱり舞台に関わりたいんです」
サロンでの朗読劇も楽しいが、あくまで小説の一端を表現するだけのものだ。数ヶ月かけて作り上げる舞台とは規模が違うからと彼女は説明した。たとえ舞台に立てなくなったとしても、裏方としてお芝居を支えることができたらと思い、最近は集客のための広報や演出の手伝いまでしているらしい。
それを聞いた私は、ますます自分のアイデアに確信を持った。
「それなら尚更好都合よ。そのノウハウも生かして、うちで劇団を作ってほしいの」
「あの、劇団って、さっきもおっしゃっておられましたけれど、どういうことですか? うちってどこのことなんでしょう」
「うちっていうのはダスティン領よ。実は今、領地改革の一環で温泉事業を立ち上げていてね……」
私はアニエスに一通りの説明をした。領地に新たに温泉が湧いたこと、それを整備して観光客を誘致したいこと、引退した貴族向けの保養地や、夏季休暇のバカンス先として売り出したいこと、温泉を元にした化粧品やサロン経営、レストランの運営などなど。私の計画についてとっくに知っている継母とシンシア様はにこにこと微笑みながら紅茶を嗜んでいたが、初めて耳にするアニエスは目を丸くしていた。
「それは……とても壮大な計画ですね。でも、それと劇団となんの関係があるのですか?」
「うちは長期滞在の客の誘致を狙っているの。そのためには温泉やエステだけでは足りないわ。目の肥えた貴族たちを満足させる娯楽が必要よ。そのために専用の劇団を作りたいと思っていたの」
「それで劇団なんですね」
感心したようにアニエスは息をついた。その表情が少し明るくなる。
「ではアンジェリカ様は、私に劇団を立ち上げてほしいと、そうご要望なのですね」
「えぇそうよ。とはいえまだ事業は計画段階で、今すぐというわけではないの。まずは資金集めのための化粧水の開発を成功させて、それからの話になるから……あと2年くらいは猶予があるわ。それまでにアニエスには人材集めと劇団の運営に関する勉強もしておいてもらいたいの」
化粧水の開発に半年、販売の軌道に載せるのに半年から1年、開発を進めてお客様を誘致できるようになるまでに2年。アニエスの出番はそれからになる。彼女は今年16歳になるから2年後は18。劇団の看板女優になってくれそうだ。
アニエスは瞳を輝かせつつもしっかりと頷いた。
「わかりました。では私はお芝居は諦めて、運営や演出に力を入れることにします。縁の下から劇団を支えていきますね」
「え? ダメよ、アニエスはちゃんと舞台にたたなくちゃ」
「でも、私の身長ではもう、舞台で演じることは難しいですから」
「そんなことないわ。その身長が大事だし、むしろもっと伸びてほしいくらいよ。 あのね、アニエスには男役を演じてもらいたいの」
「お、男役、ですか?」
「そう! ほら、覚えてる? 大教会での発表会、あなたは男役と女役を声色を変えて演じていたわよね? あれを、男役と女役を別々にたてて、舞台で演じるの。素敵だと思わない?」
「そ、それは面白いとは思いますが、でも、いくら私が背が高く、声色も操れるからといって、男性の役者にはなれません。男性の役者に混ざったところで浮いてしまいます」
「あのね、この劇団に男は入れないわ。すべて女性で構成するの。あなたのように背が高く麗しい女性に男役をやらせて、小柄な女性たちに女役や子役をやらせるの。劇団員が全員女性なら、あなたが悪目立ちすることもないわ」
「全員女性の劇団……ですか?」
「そう!」
私の頭の中にあったのは、そう、紛れもない前世の超有名歌劇団。数多の女性を虜にし、今なおチケットは即日完売というあの劇団だ。
「どうせならオーケストラをバックに歌やダンスも披露しつつ展開したいわね。女性だけの歌劇団、もう売れる予感しかないわ!」
少なくともアニエスファンの貴族の奥方様はこぞってやってくるだろう。舞台チケットもさることながら、グッズなどを販売すれば大儲けできそうだ。役者には何かキャッチーな芸名をつけて、それを印字した小物なんかを並べて……前世の劇団の丸パクリだが使えるネタはどんどん使わねばもったいない。お芝居の内容もうんとドラマチックなものにして、皆を感動の渦に巻き込む壮大な演出にして……専属の作曲家や劇作家、衣装デザイナーもいた方がいいかもしれない。
高らかに夢を語り拳をふり上げる私を、3人のギャラリーがやや遠い目で見ていたようだが、未来の金勘定に夢中な私が気づくはずもなかった。




