スカウトは続きます1
【登場人物振り返り】
ケイティ:メイドのサリーの娘。王都でポテト食堂の管理などの仕事をしている。
ルル:孤児院で暮らす10歳の女の子。喘息持ち。
クレメント院長:王立孤児院の院長。
シンシア:王立騎士団副団長の妻。孤児院出身の平民ながら貴族の妻に。孤児院支援に熱心。
そうこうするうちに新年が明け、王都は俄然賑やかになった。連日貴族たちのお茶会やらパーティやらで、両親もあちこち出歩いている。
そんな中、私はケイティを伴って、久々に王都孤児院のポテト食堂にお邪魔した。
「あ! アンジェリカ様!」
私に気づいて給仕の手を休めたのはルルだ。今日は彼女が食堂当番らしい。私よりひとつ上だから今年で11歳になる。
「久しぶりね、ルル。元気にしてた?」
色素の薄いふわふわの髪を揺らしながらこちらに駆け寄る彼女に挨拶する。背は少しだけ伸びたようだが変わらず小さい。私とそれほど変わらないくらいだ。
「はい! 今日は朝から調子がいいので、食堂に出てこられました。昨日は、ちょっと大変だったからおやすみしちゃったんですけど、でも私、この仕事大好きですから!」
笑顔で元気を振り撒くルル。その背後から出てきたのはクレメント院長だった。
「アンジェリカ様、ご無沙汰しております」
「クレメント院長。こちらにいらしたのですね」
「はい。子どもたちが店に立つときは、孤児院のスタッフが必ずひとりは付き添うようにしています。今日はクッキーを焼く日で、孤児院の厨房に人手を取られていますから、私が参りましたの」
「そうなんですね。相変わらず盛況で何よりです」
「えぇ、本当に。孤児院の貴重な収入源になっていますもの。これもアンジェリカ様のおかげですわ」
私と院長が話をしている間に新しい客が入り、ルルは接客へと戻っていった。その小さな背中にクレメント院長が声をかける。
「ルル、無理は禁物ですよ。具合が悪くなったら早めに教えてちょうだいね」
「はい、院長先生」
再び振り返り、小さく礼をするルルに、かつては癇癪を起こして練習用の刺繍布や針を投げつけていた姿が浮かぶ。
そしてそれは私にとっても苦い思い出だった。よくない振る舞いをしたとして謹慎を命じられたルルを哀れに思い、お土産のクッキーやスコーンを彼女に振る舞ってほしいと院長に直訴したのだ。それは孤児院の規律からは外れる行為。けれどクレメント院長は私の申し出に感謝を述べ、そうするよう約束してくれた。貴族のお嬢様がその場の気まぐれで言ったに過ぎないことでも、彼女たちにとっては命令だ。そのことに思い至らず、ただルルをかわいそうという思いだけで、本当の意味ではルルのためにならないことをしてしまった。
そんな彼女が、院長先生や私に礼儀を払う。その成長した姿に、私の胸も熱くなった。
「ルルはずいぶん落ち着いた子になりましたね」
「えぇ。こちらでお客様と接するようになったことが、彼女の社会性を花開かせたのだと思います」
「そういえばルルは今年で11歳ですよね。どこかに奉公に出るのですか?」
孤児院では10歳頃から王都内のお店やお屋敷に奉公に出て、職業訓練を積む慣わしがある。そうして手に職をつけ、孤児院を卒業する13歳までに自立を目指すのだ。喘息持ちで健康に心配のあったルルは、本人の資質とは裏腹に刺繍や縫い物を孤児院内で練習させられていた。その流れに乗れば、ドレスを作るメゾンなどにお針子として見習いに出るはずだった。
「それが、ここに来て喘息の発作がよく出るようになりまして。いくら室内でできる作業とはいえ、見ず知らずの大人が多い場所に奉公に出すのはどうかという意見が出まして」
王都ではここ数年、人の出入りがますます活発になっていた。きっかけはじゃがいもの流通による食糧事情の改善だ。お腹が満たされれば、人は次に経済活動へと動き出す。王都で新たに商売を興すのは難しくはあるが、不可能ではない。また冬の社交シーズンの間だけ王都で店を開く者もいる。人の往来が激しくなれば空気も濁る。喘息持ちのルルにとっては、それが健康を損なう状況になっているらしかった。
「あの子はここの給仕の仕事が気に入ってますから、いっそのことここで雇って働かせてみてはという意見も出ているのです。でもそうなりますと、あの子だけが特別に選ばれたというふうに見る子どもたちも出てくるでしょうから、どうしたものかと」
孤児院の子どもたちは食堂での仕事が大好きらしく、シフトの入っている日は喜んで出仕しているそうだ。将来ここで働きたいと考える子どももいるらしい。けれど人員の枠には限りがあり、そこにルルを斡旋するにしても、いろいろ問題があるようだ。
クレメント院長の話を聞いた私は、彼女にある提案をした。院長は目を丸くしつつも、私の意見に賛同の声をあげてくれた。
翌日――。
今日は非番というルルを訪ねて、孤児院へと足を運んだ。待ち合わせたのはシンシア様だ。彼女は変わらず王都孤児院の支援を続けている。今日も子どもたちが手習いに使える材料を持参していた。
「シンシア様、いろいろと相談にのっていただいてありがとうございました」
「いいえ。いつものことながら、あなたのアイデアには驚かされるわ。クレメント院長も賛成してくれたのよね。ルルが承知してくれるといいわね」
穏やかに微笑むシンシア様。彼女のすごいところは、すべての孤児の行く末にまできちんと気を配っているところだ。それはかつてこの孤児院で育った自分と重なる部分があるからかもしれない。孤児院出身で、平民宅に引き取られ、難関の王立学院に入学し首席で卒業したというシンシア様。辺境伯家に嫁ぎ、王立騎士団副団長の妻という高貴な身分を手にしてもなお、縁もゆかりもない小さな子どもたちの幸せを願っている。
「アンジェリカ様、ルルを連れてまいりました」
クレメント院長に促され入室したルルは、「失礼いたします」とエプロンドレスの裾を摘んで挨拶した。あのルルが、である。
「こんにちは、ルル。おやすみの日にごめんなさいね」
「いいえ、今日もアンジェリカ様に会えるなんて、私はとても幸運です」
10歳の少女は、まだまだ子どもそのものの姿をしている。それでも彼女はあと2、3年すれば、大人に混ざって働かなければならない。
それがいいことなのか悪いことなのかはわからない、とシンシア様はかつておっしゃった。けれど孤児院のこの施策が、子どもたちの自立を促す方法として功を奏しているのは確かだ。仕事にありつけず、犯罪に手を染めたり身持ちを崩してしまったりするのを防ぐ手立てにもなっている。できることなら皆に教育を受けさせて、望む未来を与えてやりたい。けれどそれが絵に描いたような理想像にすぎないことは十分にわかっている。
今からする私の提案が、いいことなのかどうかわからない。けれどクレメント院長とシンシア様は賛同してくれた。今は経験豊かな2人の大人が味方してくれたと思おう。
私はルルに切り出した。
 




