王都からのお客様です1
私の誕生日から1ヶ月が経過した頃。
土壌改良に成功したダスティン領は今年も豊作。あちこちでさつまいもをはじめとする秋の実りの収穫に追われている気忙しい中、王都からのお客様を迎えた。
「よお! アンジェリカ嬢、久しぶりだな」
「アンジェリカ様、ご無沙汰しておりますわ」
燃えるような癖づいた赤毛に碧の瞳、最後に会ったときよりもずいぶんと逞しくなったのは兄ライトネル、その側で楚々としたお下げ髪ながらも、メガネの奥の瞳をきらりと閃かせるのは妹のキャロル。そうハムレット商会の双子たちだった。
「ライト、キャロルも! ようこそダスティン領へ! 王都からの旅はどうだった?」
「ずいぶんと快適だったぞ。やっぱり道が整備されているのが大きいな」
「えぇ。街道だけでなくその周辺も賑わっていて、ずいぶんと繁栄している気配を感じましたわ」
「それにここも驚いたな。王立の研究所とは聞いていたが……結構な規模だな。ずいぶん成果もだしているのは聞いているぞ」
「この宿もなかなか高級ですわよね。貴族でも泊まれるのでは?」
次々と感想や質問が飛び出すのはさすが才気煥発な双子たちだ。ちなみに12歳になった彼らは、平民ながら二人揃って見事王立学院の試験にパスし、年明けの1月から入学が決まっている。彼らと同い年であるアッシュバーン家のミシェルもまた春から学院の生徒だ。
入学目前で忙しいであろう彼らがなぜダスティン領にいるのかというと、私が招待したからだ。
本当はうちの屋敷に招待したかったのだけど、一応こちらは貴族。王国全土にネットワークを持つ裕福なハムレット商会とはいえ平民でもある。丁重にお断りをされ、私もそれ以上は踏み込まなかった。
だから今回、私たちが再会したのは王立研究所のすぐ近くにある宿屋だ。研究所ができて人の往来が増えてきた頃に作られたものだ。経営者は隣のアッシュバーン領からスカウトしてきたご夫婦。もともとご主人のご実家がアッシュバーン領で宿屋を営んでおり、息子の彼が独立したがっていたのを聞いて私たちが話を持ちかけた。貴族籍の王都の官吏たちがくることも想定して、少々高級仕様にしてあり、使用人も多く抱えている。ここ数年でこの辺りはずいぶん賑わった。なにぶんアッシュバーン領と共同での事業だったので、色々な面でずいぶん助けてもらった結果だ。
そんな研究所の様子を、双子たちも見学してみたいと思っていたらしい。そこへ私がある依頼の手紙を出したことから、学院入学前のまだ自由がきくうちに行ってみるかと、自身も店に立つ身でありながらわざわざ来てくれたというわけだ。
「思えば二人には初めて会ったときから本当にお世話になっているわね。ちゃんとお礼を返さないといけないってずっと思っていたのよ」
「それはこっちの台詞だよ。アンジェリカ嬢がくれたアイデアで商品化したものがいくつあると思ってるんだ」
「そうですわよ。アンジェリカ様がおっしゃった花茶を楽しむガラス製のティーポット、うちの売れ筋商品ですわよ」
「それにポテト料理ブックもずっと重版を重ねてるしな。あれ、本当にレシピ買取でよかったのか?」
「さつまいも編なんて今でも飛ぶように売れていますわ。庶民にとってさつまいもの甘味からくるデザートは今やテーブルに欠かせませんもの」
料理ブックの出版を世話してくれたのも双子たちだった。書籍など扱ったことのなかったハムレット商会の会頭ははじめ難色を示したそうだが、双子たちが一丸となって説得にあたってくれたらしい。「あれだけ仲の悪い双子がここまで結託するのなら」と製品化に踏み切ってくれたと聞いている。
「こちらも助かっているのよ。商会の行商の方がレシピ本を扱ってくださるおかげで全国津々浦々までポテト料理が広がったのですもの。おかげでうちの食堂も広がって安定した収入が得られるようになったわ。それに上納金の集金も手伝ってもらっているし」
持ちつ持たれつの関係が維持できているのも、双子たちの協力あってこそだ。
「そうそう、今回はせっかく来てくれたのだから、研究所をはじめうちの領を案内するわ」
「あぁ、それも楽しみにしていたんだ。飛ぶ鳥落とす勢いと、今王都で話題のダスティン領だからな」
「えぇ本当に。でもアンジェリカ様、本題のことも忘れないでくださいませね」
キャロルがウインクするのと同時にライトの碧の瞳も鮮やかに光った。そう、彼らが一番乗り気になるものは、新しい商売のネタだ。
「えぇ、もちろんよ。きっと期待を裏切らないと思うわ」
私も強い気持ちでそう返した。




