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※2025年10/30-リメイク中。読書中の方は活動報告をご覧ください【二章完結】ヒロインなんかじゃいられない!!男爵令嬢アンジェリカの婿取り事情  作者: ayame@キス係コミカライズ
第一章「じゃがいも奮闘記」編

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7歳になりました

 暑さもまだまだ盛りの8月の終わり。ポテト食堂王都店は今日も盛況だった。


「アンジェリカ様、こんにちは!」


 食堂のお土産コーナーに立つ私に声をかけてきたのは懐かしい面々だった。


「アニエス、それにシリウスも! 久しぶりね。今日はあなたたちが納品当番なの?」

「はい! 袋詰めが終わったので商品の補充にきました」

「クッキーもたくさん売れますから、作り甲斐があります」


 精霊祭の発表会で舞台を踏んだ彼らは今、孤児院での日常活動をこなしつつ、それぞれの分野で勉強中だ。


「アニエス、劇団一座での研修はどう?」

「はい、とても勉強になります! 座長も私をずいぶん引き立ててくれて、今年の冬の舞台では役をもらえそうなんです」

「それはすごいわ! 決まったら教えてね。絶対見に行くから」


 一人芝居を披露したアニエスは、とある民間の劇団で研修中だった。ほかにも流行の小説の続編が出たことで再燃したブームから、パトロンたちのサロンに呼ばれては一人芝居や朗読を披露している。身長もまた伸びて、ますます男前な少女になっていた。


 そしてシリウスはウォーレス教授の元でレッスンを続けている。


「そういえば、ダスティン男爵夫人がもうすぐ王都にいらっしゃるそうですね」

「そうなの。しばらく教授の家に滞在するそうだから、あなたも会うかも」

「何か王都でご用事ですか?」

「それが……私の誕生日が9月1日なんだけど、それをお祝いしたいからってわざわざ来てくれるのよ。父も来たがってたんだけど、領地はこれから秋の収穫の準備に入るから、そういうわけにもいかなくて」


 そう、早いもので私ももうすぐ7歳になる。誕生日までになんとか領地に帰りたかったのだが、ポテト食堂でまさかのハイネル公爵をお迎えするなどしてごたついてしまい、帰る機会を失っていた。そうこうするうちに9月目前となってしまい、私を誕生日の日にひとりきりにするのはしのびないと、継母だけが王都に出てくることになった。


 滞在中は教授宅に寝泊まりするとのことなので、私もそれを機にシンシア様の元からそちらに移ることにしている。そして継母が王都を()つのと一緒に、領地に戻って冬支度の手伝いをするのだ。そうこうするうちにまた社交シーズンとなるから、結局は王都にトンボ帰りすることになりそうだ。


「アンジェリカ様、いろいろお忙しいんですね」

「そんな中、今日もお土産コーナーのお手伝いをされるなんて……」


 2人が憐れむような視線を向けてきたので、私は元気に首を振った。


「気にしないで! むしろ私、こうして動き回るのが大好きなの。本当は食堂のお給仕を手伝いたかったんだけど、クレメント院長に必死に止められちゃったから、こっちで我慢してるのよ?」


 ポテト食堂が盛況なのはよいことなのだが、一旦立ち上がってしまったあとは手持ち無沙汰になってしまった。ケイティを働かせたり、高位貴族の家から料理人を迎えたりしている手前、まったく食堂に足を運ばないわけにもいかず、何か手伝わせてほしいと申し出たところ、土産物コーナーなら貴族のお嬢さんがボランティアで立っていてもぎりぎりOKだろうという結論になった。なので現在の私は売り子さんである。


 アニエスとシリウスが手際良く商品補充をして店をあとにしようとしたとき、新しいお客さんが3人連れで入ってきた。


「いらっしゃいませ、ポテト食堂へようこそ!」


 子どもたちの声が合唱する。入ってきたのは王立騎士団の騎士たちだった。しかも全員女性だ。


 その中でも一際背の高い女性が、案内係の少女に声をかけた。長い黒髪をさらりと背中に流し、大粒の黒い瞳をあちこち興味深そうに動かしている。肌の色がやや褐色味を帯びているところをみると、異国の血が入っているのかもしれない。


 女性は案内係の少女に向き直り、問いかけた。


「ここがじゃがいもを食べさせるという店だろうか」

「は、はい! 今日のランチはチキンのトマト煮込みと白身魚のレモン煮です。どちらもマッシュポテトがついていて、おかわり自由です」

「ふむ、そのマッシュポテトというのは……」

「ヴィー、まずは席に着きましょう。入り口に立っていると迷惑ですよ」

「おぉ。確かに。そうだな」


 そうして3人の女性たちは店の奥へと案内されていった。


「女性の騎士さまだなんて珍しいわ! しかも3人も」


 アニエスが食い入るように彼女たちの行方を目で追う。子どもたちに声をかけていた黒髪の女性だけでなく、残りの2人もすらりとした長身の騎士服姿だ。腰にはいた剣には王国の紋章が輝いている。


 その輝きに勝るとも劣らない、活気を帯びた瞳をみせるアニエスに、私は声をかけた。


「アニエス、騎士に興味あるの?」

「はい! ああいう凛々しい女性たちに憧れます! あぁ、もっと近くで見てみたいな。そしたらお芝居の男性役にも生かせると思うんだけど!」

「あ、そっちね」


 なるほど、勉強熱心なことである。名残惜しそうにする彼女に苦笑しつつ、シリウスが助言した。


「だったら給仕係に混ぜてもらったら? アニエス、この後は休憩時間だったよね。僕だけ戻って、院長先生に言っておくよ。お店の手伝いに呼び止められたって」

「シリウス、本当? すごく助かる!」


 そうしてアニエスは給仕係の子どもたちに混ざるべく、店内へと向かった。


「それにしても、王立騎士団の団員なのにポテト料理をあまり知らないようでしたね」


 シリウスの疑問に、私も頷いた。騎士団寮ではポテト料理は主流になっているから、既に口にしていそうなものだった。


「騎士団は異動も多いから、最近王都にこられた方達かも。なんにせよポテト料理に興味をもってもらえて嬉しいわ」


 彼女たちの後ろ姿を見つめながら、私も売り子の仕事に戻った。





 店内で食事を終えた彼女たちは、帰りに土産物コーナーにも寄ってくれた。


「ほう、じゃがいもを練り込んだクッキーか。珍しいな」


 黒髪の女性が袋詰めのひとつを手にして、一緒にいる女性に見せた。さっきも思ったが、この人の口調はなんだか不思議だ。男性のようだが品があって、男勝りというわけでもない。まるでアニエスが演じる男装の騎士のようだ。


「お土産に買って帰りますか?」


 隣の女性騎士が声をかける。敬語なところをみるとこちらは部下なのかもしれない。なお、もうひとりの女性は先ほどから一言も発せず、少し後ろで控えている。


「そうだな。おや、こっちの色がついたのはなんだい?」

「それは野菜クッキーになります。にんじんやほうれん草などを生地に練り込みました」

「なんと! 野菜入りか。それはすごいな! よし、こっちも買ってかえろう。これで息子の野菜嫌いが治ればいいんだが……。お嬢さん、幾らになるかな」


 暗算で会計をしてから値段を告げ、銅貨を受け取って釣り銭を渡すと、黒髪の騎士が感心したように息をついた。


「ほぅ、お嬢さんは頭がいいのだな。手早く、そして間違いなく計算ができるとは」

「いいえ、それほどでも。でもありがとうございます。毎日勉強している甲斐があります」

「私の息子はお嬢さんと同い年くらいだと思うが、算術が苦手でね。家庭教師の授業には真面目に取り組んでいるみたいなんだが……まぁこればっかりはな。得手不得手が誰にでもあるものだがね」

「そうだと思います。私はたまたま数字が得意なだけで、お裁縫や刺繍は苦手です。息子さんには息子さんだけの輝かしい才能がおありだと思います」


 こちとら中身アラサーだから暗算なんてお手の物だが、普通の7歳児が二桁三桁の暗算をするのは難しいだろう。比べられた息子さんがかわいそうだ。


「確かにお嬢さんの言う通りだ。私にとってはかけがえのない息子だ」


 そうして大きく笑んだ女性騎士は礼を延べ、部下と思われる人たちとともに店を出ていった。


「あの方、あんなに凛々しくて颯爽としてらっしゃって……その上ご結婚されて息子さんもいらっしゃるなんて……素敵!」


 目がハートマークになったアニエスに苦笑しつつ、確かにそうだなと感心した。息子に家庭教師をつけられるくらいだから貴族か裕福な庶民だろう。そうした家の奥様たちは普通は家の外には出ないものだ。それが働いていて、しかも騎士という職業。アニエスでなくとも憧れるというものだ。


 王都にはいろんな人がいて、いろんな可能性が満ちている。新しくスタートしたこの店も、きっとうまくいくだろう。





 王都に出てきた継母とともにウォーレス教授宅に拠点を移した2日後。


 私は7歳の誕生日を迎えた。


「アンジェリカ、おめでとう!」


 祝ってくれたのは継母とウォーレス教授夫妻、それに商用で王都に出てきていたケビン伯父一家だ。ケビン伯父は商売が好調で、王都に営業用の事務所を構える予定なのだとか。そのため近頃は頻繁に行き来をしている。


「みんなありがとう!」


 唯一血のつながっている父は継母経由でメッセージをくれた。その言葉を噛み締めながら、不思議な縁に思いを馳せる。


 今この家にいる人たちの中で、私だけが血が繋がっていない。それでも彼らは私がここにいることに疑問をもたず、こうして盛大に祝ってくれている。


 それがどれほどありがたく、尊いことか。前世から身内の縁が薄かった私には痛いほどわかる。


 彼らが幸せになるために、全力で何かをしてあげたい。彼らが私にしてくるように、全力で返したい。


 そう決意した、7歳の誕生日だった。



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