まだまだ絵に書いた餅です2
「観光客をもてなすだけの余力が我々にはないからね」
そう言って父は力なく笑った。
「アンジェリカも見ただろう。領地の現状を。我々は自分たちの食い扶持を保つだけで精一杯で、人様をもてなすような準備はとてもじゃないけどできないよ。新しい事業を興すのは、今の状態では到底無理なんだよ」
その言葉に私ははっとした。確かに、冬になると出稼ぎに出ていくような、自給率ぎりぎりの領地で、お金のかかる新しい産業を興すのは難しい。それ以前に、自分たちがお腹いっぱい食べられるだけの余裕がなければ、その土壌にそれ以上の物を組み上げることなどできない。支援の根幹ともなる精神を忘れていた。
父の発言に納得した私は一度引き下がることにした。せっかく温泉が目の前にあるのに使えないなんて残念な気持ちはあるが、まずは、食糧生産を安定させることが先決だ。
というわけで、オーブンの火を見ながら私は思案していた。
今し方こねたのはこの土地で昨年とれた麦だ。貧乏とはいえ一応領主宅なので、一家が食べていけるだけの麦は確保できている。それでも粉を少しでも無駄にしないようにという継母とマリサの手際は見事だった。領民たちが大事に育てた麦だからその姿勢は当たり前といえる。
(麦ねぇ。でもあんなに痩せ細ってちゃ困るよね)
このあたりでは麦からできるパンが主食のようなものだ。それに卵、野菜、肉に川魚。肉は山で猟ができるし、魚は川で釣れる。父がとってくることもあるが、多くは領民がとってきてくれたものを買い取っている。卵はメイドの2人が鶏の世話をしてくれている。自然が比較的豊かなのと気候が穏やかなので、領民たちは自給自足でなんとか飢えずにいられるようだ。領民たちは毎年秋に家畜の豚や鶏をしめて、肉を薫製や塩漬けにして冬を越している。また冬眠しない動物を狙って山に猟に入ることもあるのだとか。
食材はぎりぎりながらなんとかなっているのだが、やはり主食が不作というのは痛い。しかし麦の収穫量をあげるには、今のところ地の精霊石しか手はないという状況。精霊石の流通は国が管理していて、毎年領地の大きさや生産量に合わせて一定量の配給があるほか、一部は市場に出回る。しかしそこそこ高価なため、貴族や裕福な庶民しか手に入らない。
(隣のアッシュバーン領なら地の精霊石がごろごろしてるんだけどなぁ)
ここダスティン領は火の精霊の数が多いところだ。もちろん火の精霊石も大事だ。火を熾すのに欠かせないし、今だってマリサが火力をあげるために一石投じたところだ。
ちなみに精霊石自体はそのへんにごろごろ転がっている。ただ、研磨しなければ精霊石としての用途は果たさず、その研磨の技術は王都にある神殿が管理している。火地風水の4種類の精霊石があり、この辺では火の精霊石がよくとれる。貴族領には一定量の精霊石を神殿に納める義務がある。我が領でも税金の代わりに一定量の精霊石を収集して納める義務を領民に課しているほか、一定量以上は買取もしている。子どもたちがお小遣い欲しさに拾い集めては男爵家に持ってきてくれる。火の精霊石が圧倒的に多いため、配給も火の精霊石が多めだ。それを他領と交換したりしながらなんとかやりくりしている。
(やっぱり土が悪いのかなぁ)
冬でも雪が積もらないこの土地はどちらかというと温暖なはずだ。そうなると気候の問題というよりは土壌の問題な気がする。
(育ちにくい麦や作物……。でも水は豊富なんだよな。雨も多いって聞くし、温泉もあるくらいだし。そうそう、温泉っていえば、火の精霊の加護があるから温泉が湧くのかなぁ。関係ありそうだよね。日本で温泉っていえば、火山のイメージなんだけど……)
「ん? 火山???」
思わず口をついて出た言葉に目を見開く。火山、そう火山だ!!!
私はかぶりを振り、今度は夕食用のシチューを煮込んでいた継母を呼んだ。
「おかあさま!」
「なぁに、アンジェリカ。今日のシチューはビーフシチューよ」
「おかあさま! もしかしてこの近くに火山はありませんか!?」
「火山? この近くに? あったかしら……」
お玉を持ったまま顎に指をあててのんびり思案する継母を待てず、私は椅子から飛び降りた。
「おかあさま、おとうさまに聞いてきてもいいですか!?」
「え、えぇ。パンももうすぐ焼けそうだし、いいわよ。お父様はお庭だと思うわ」
「ありがとうございます!」
お礼を言いながらダッシュで台所を離れる。そのまま勝手口から庭に飛び出し、裏手の畑の方を目指した。農機具を修理している父を見つけて、先ほどと同じ質問を口にした。
「おとうさま! この近くに火山はありませんか!?」
「なんだい、アンジェリカ、急に」
「このあたりの土壌のことが知りたいのです! この近くには火山があるのではないですか?」
「火山って、山が火を吹くことだよね。確かトゥルキスにあるって話は聞いたことがあるよ。山から火が出るって、どんな風景なんだろうねぇ」
「この近くにはないのですか? このダスティン領には?」
「まさか、ここにはそんなものないさ。あればこんなに穏やかに暮らしていられないだろう」
にこやかに答える父に、私は若干肩透かしをくらった。
(火山はない? それならなぜ温泉があるの?)
私は前世の記憶を総動員して火山の情報を集めた。
そして、ある事実に気が付く。
「おとうさま! 図書室をお借りしてもいいですか!?」
「あ、あぁ、もちろん。構わないとも」
「ありがとうございます!」
言いながら再び勝手口にとって返し、今度は一階の図書室を目指した。