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Let's じゃがいもパーティです1

 表玄関に植えた濃い黄色と藍色の花が、今日も風にそよそよと揺れている。ふわりとした夏の香りが、これから到来する季節を感じさせる、そんな6月の終わり。


 ダスティン領ではじゃがいもパーティを開催することになった。


 きっかけはかつてないほどのじゃがいもの大収穫だ。石灰を使った土壌改良がうまくいき、各家で作付け面積を増やしたじゃがいもはそれは見事な大きさと量で、領民たちは歓喜の声をあげた。そこから話が進み、せっかくだから収穫祭を開こうということになったのだ。


 折しも6月は、去年、私のお披露目パーティを開いた月。私が考案したとされるじゃがいもの食用化と土壌改良のおかげで、領の食糧事情が目覚ましく改善したということもあって、そのお礼も兼ねて開きたいというのは、実は領民からの提案だった。パーティは大歓迎だけど、私へのお礼っていうのはちょっと……とゴネたのだけど、「せっかくだから皆の気持ちを受け取っておきなさい」という両親の言葉を受けて、今年も屋敷の庭を開放してパーティを開くことになった。


 前回はうちで用意した料理がメインだったが、今回は各家庭で作った料理を持ち寄ってくれるとのこと。また、この日のために豚を一頭潰して丸焼きにもしてくれるなど、当日は前回以上に賑やかな食卓となった。


「アンジェリカお姉ちゃまーーー!」


 準備に勤しんでいると、玄関辺りからかわいらしい声が響いてきた。


「フローラ! それにスノウも!」


 懐かしい顔ぶれに、私も自然と笑顔になる。


「ケビン伯父様も、ようこそお越しくださいました」


 そう、やってきたのは、隣のウォーレス領で家具職人として工房を構えるケビン伯父とその子どもたち。継母の実兄の家族だった。


「お姉ちゃま、会いたかったです!」

「よ、よう」


 人懐っこいフローラは、前回見たときよりも少し大きくなっていた。そして仏頂面のスノウは相変わらずだ。


「2人ともよく来てくれたわね。今回もポテト料理、たくさんあるわよ。クッキーもガレットも美味しいから、いっぱい食べていってね」

「やったぁ!」


 勢いよく抱きついてくる従姉妹の頭を撫でつつ、私は3人を庭へと案内する。


「そうだわ、新しい使用人が増えたんです。伯父様にも紹介しますね」


 ちょうどクレバー夫人とエリックが屋敷から出てきたところだったので、私は彼らを引き合わせた。お互い初対面ではあるが、どちらもウォーレス子爵家につながる血筋。遠縁ということで和やかに挨拶が進んだ。


「クレバー夫人にはもうひとり、娘さんがいらっしゃるのだけど……。夫人、リンダは台所かしら」

「はい。声をかけてはみたのですが……やはり、外には出たくないと」

「そう」


 リンダはこの家に来て以降、私たち家族や使用人とはなんとか物おじせず付き合えるようになった。特に通いのメイドであるミリー、サリーの娘であるケイティとは歳が同じということもあって、3人で話し込んでいる光景もよく見かける。しかし、それ以外の他人の前にはやはり出たくないようで、領民たちが何かの用事で屋敷を訪れたり、行商人がやってきたりしたときも、台所に逃げ帰ってしまうのが現状だった。


 困り顔になった私たちを不思議に思った伯父に、簡単に事情を説明すると、彼も難しい顔をした。


「そういう事情か。まぁ、年頃のお嬢さんだと、気にするのも仕方ないよな」

「ケビン様、ご挨拶もできず申し訳ありません」

「いえいえ、夫人が謝られるようなことではありませんよ。遠縁のお嬢さんということは、子どもたちとも縁があるわけですから、いつかお嬢さんが前向きになられたら紹介させてください」

「ありがとうございます」


 私たちの視線の先には、エリックに肩車されて大喜びするフローラと、それを見上げるスノウがいた。彼らも遠い親戚同士ということで、意気投合できたようだ。


「でも、そろそろエリックとリンダの、次の方向を決めないといけないのよね」


 彼らが家に来て3ヶ月。リンダもエリックも筋がいいので、ポテト料理の伝授はあらかた済んでしまった。もともとリンダが料理を覚え、エリックが営業や給仕をして店を運営する計画だ。リンダは経営にも興味を持っており、ロイの指導も同時進行で進めてきた。そろそろお店の準備に取り掛かりたいところだ。エリックの社交性があればどこでもやっていけるだろうが、リンダは……はたしてどうだろう。


「ちなみに、新しい店はどこで出す予定なんだい?」


 ケビン伯父の問いに、私は首を振った。


「まだそれも決まってないんです。もともと一家が住んでいた山間の町はどうか、という話は出ているんですが」


 住み慣れた街なら勝手もわかるし、何より知り合いばかりだからお店も繁盛しやすい。林業に従事する者の中には独身者も多く、お腹にたまるポテト料理を振る舞えば喜ばれるだろう。ただ、エリックはともかく、リンダは、いくら厨房に引っ込んでいればいいとはいえ、まったく顔を出さずには済まされない場面も今後は出てくるだろう。それが気になるのか、彼女が難色を示していることもあって、開店の話はまったく進んでいなかった。


「よければうちの町で出したらどうかな」

「ケビン伯父様の町ですか?」

「あぁ。うちの町だとこの家から馬車で1時間程度の距離だから、行き来もしやすい。夫人もいきなり子どもたちが馬車で数日かかる距離に離れるより、近い場所にいてくれた方が安心だろう。うちは職人が多く集まる町で、工房がいくつもある。働き手からすれば安くてうまい食堂が増えるのはありがたい話だし、繁盛もすると思うよ。何よりポテト料理は未だ馴染みがないから、新しい流行に敏感な職人たちの胃袋も掴める。どうだい? 悪い話じゃないだろう?」

「確かに……」


 ケビン伯父の提案に私と夫人は目を合わせる。急な展開の話だが、夫人にも思うところがあったらしい。


「山間の町は、確かに住み心地はよかったのですが、やはりいい意味でも悪い意味でも知り合いが多すぎます。リンダは同年代の子たちに自分の足をみられることを極端に嫌がっていました。どうせなら、知り合いが誰もいないところで再スタートをきった方がいいように思えます」

「そうね。一理あるわ」

「もしうちの町に来るなら、店の場所にも心当たりがあるぞ」

「本当ですか?」


 ケビン伯父の提案に、私は驚きの声をあげた。


「あぁ。うちの若い職人たちのために一軒家を独身寮として設けていたんだが、老朽化が進んだのと、近くに単身者用のアパートが多くできたこともあって、閉鎖することにしたんだ。潰して材料置き場にでもしようかと思っていたんだが、そういう事情なら貸し出すぞ。場所も、工房が多く連なる職人通りの一本裏だから、店の立地としてもいいんじゃないかな」

「伯父様、本当にいいんですか?」

「あぁ。親戚のことだし、亡くなったご主人の話まで聞いたら、同じウォーレス家の人間としては協力しなきゃならん。俺はすっかり貴族からは足を抜いたが、それくらいの矜持はまだ持ち合わせているさ」

「伯父様、ありがとうございます! 夫人もそれでいいかしら」

「えぇ! 願ってもいないことですわ。本当になんとお礼を言ったらいいか……」


 涙ぐみそうになる夫人の腕に手を添えつつ、問題はこれをどうリンダに切り出すかという話になった。


「あの子もこちらに修行に来ると決めた以上、覚悟は持ったはずなのです。ですが、ここがとても居心地がいいのと、元いた町でやっていけるのかという不安から、尻込みしているだけだと思います。ここはもう話を固めてしまって、一気に進めていくべきだと思いますわ」


 夫人の言葉に、私も相槌を打った。


「ここから近くの町で、しかも遠縁のケビン様が近くにいてくださる、こんなに恵まれた条件はこの先ないでしょう。あの子には私からしっかり言い聞かせます」

「わかったわ。それなら夫人にお任せしますね」

「はい」


 こうして思いがけずリンダとエリックの今後の話がまとまった。




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