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※2025年10/30-リメイク中。読書中の方は活動報告をご覧ください【二章完結】ヒロインなんかじゃいられない!!男爵令嬢アンジェリカの婿取り事情  作者: ayame@キス係コミカライズ
第一章「じゃがいも奮闘記」編

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花は愛でられてこその花です1

 鶏の鳴き声と馬のいななきが聞こえる家畜小屋を抜けて、私は父の姿を探した。目の前に広がるのは作付けを終えたばかりのじゃがいも畑。その側を抜けてさらに奥へと足を伸ばすと、突然鮮やかなピンクの色彩が目に飛び込んできた。


「あ、咲いてる!」


 それは2日前まで蕾だった蘭の一種だ。鉢植えで育てるのが一般的な蘭の花だが、この種類は地植えができるのが特徴だった。野の花とは違うので、タネが飛んできて勝手に咲くわけではない。きちんと植えた上に丁寧な世話が必要になる。


 私たちが王都に旅立つ直前、ロイがウォーレス領からわざわざ取り寄せた球根が芽吹いたものだった。じゃがいもの秋植えチャレンジが成功し、ロイが灰を加えた土壌に興味を持って、かつての自分の趣味だった植物を咲かせてみたいと、冬の間に植えたものだ。その後も細やかに世話を続けた結果、今、開花に至っている。


「うわぁ、綺麗! ちゃんと咲いてくれたんだ……」


 王都にいる間、出かけた先で色とりどりの花をたくさん見かけた。街には花売りの子どもたちもいたし、花をモチーフにしたお茶やデザートもたくさん出回っていた。食べるのに精一杯なダスティン領出身の私にとって、前世の記憶に目覚めて以降、初めて目にする観賞用としての花だった。


 ダスティン領には野生の花しかない。土壌が花き栽培に向かないし、そもそもお腹の足しにもならない花など育てようとも思わない。


 だからこそこの蘭は、この領地で咲く初めての観賞用の花かもしれなかった。


「お嬢様、どうされたんですか」


 不意にかかった声は、花の世話人のもの。


「ロイ! ほら、咲いてる!」


 嬉しげにピンクの花を指さすと、彼は「あぁ」と頷き、うっすらと微笑んだ。


「今朝咲いたばかりですよ」

「そうなの? なんで教えてくれなかったのよ!」

「今日はじゃがいもの作付けの日だったので、みんな忙しいかと思いまして」

「そうだけど! でも、これは特別な花じゃない!」


 ロイが昔の記憶と知識を思い出して、土壌開発の実験も兼ねて取り組んだ成果だ。かつて王立学院で学んだロイ少年が、幼い頃に抱きつつも叶わなかった植物学者になる夢。生活を失い、夢を封印し、仕える主人夫妻以外は何物にも興味を抱けなかった彼が、再びそれ以外のものへと関心を広げるきっかけになった、大切な花だった。


「お嬢様のおかげです。よろしければ一輪、お持ちになりませんか?」

「え? 切っちゃうの? 大丈夫なの? だって、もったいない……」

「花は愛でられてこその花ですから。それにまだまだ咲きそうですし」


 確かにほかにも蕾をつけたものがいくつか風に揺れている。ロイはなんともないようにポケットから花切りバサミを取り出し、咲いたばかりの一本を切り取った。


 そのまま、私に手渡す。


「ありがとう……」


 誰かに花をもらったのはたぶん初めてだ。前世の枯れたアラサーの私に花を贈ってくれる人なんていなかったし、今生のアンジェリカは少し前まで平民だったから、嗜好品の花など縁がなかっただろう。


 小花がいくつか合わさって、まるで一輪の大きな花のように見えるピンクの蘭は、春の風に揺れるたびになんとも言えぬ香りを振りまいた。


「お嬢様の髪の色と同じですね」


 言われて私もはたと気が付く。確かに小さな花弁は、この世界で愛し子の色ともてはやされるピンクブロンドの色をしていた。


「この花は地植えなので鉢植えの蘭より値段は劣りますが、その分、平民にも手が届きやすく、花屋でも売れ筋の花なんですよ。私が若い頃は、この花を一輪手折ってプロポーズすると成功するなどというジンクスが流行っていました」

「へぇ、そうなの? なんだかロマンチックね」


 一昔前、大勢の恋人を結びつけた花。誰からも愛され手に取られるなんて、幸せを体現したような花だと思った。


「やっぱり、こんな裏庭の片隅じゃなくて表玄関に植えればよかったのに」

「……これは実験用ですから」


 以前尋ねたときと同じ返事が返ってくる。実験用だから、と彼は言うが、その本心が別にあることを知っている。じゃがいものおかげで食糧事情が改善しつつあるとはいえ、我が領は貧乏。領主宅で観賞用の花をわざわざ育てていると知れると、気に食わないと思う領民が出るかもしれない——ロイがそこまで考えていることも、そしてそれを隠れ蓑にしていることも、私は察していた。


 うちの領民たちは花を植えたくらいで目くじらを立てたりしない。彼が気にしているのは、もっと別のことだ。


 罪を犯した人間の子である自分が、贅沢をしてはならない。好きなものを追いかけたりしてはいけない。手に入れてはいけない。幸せになってはいけない。


 その葛藤が、彼をいつまでも縛っているのではないか。そんな気がしてならない。


 だからこそ、私も両親も、彼に命じることができないのだ。些細なことだとは思うが、「やれ」と言えるほど、私たちは彼の心の内にまで踏み込めない。


 どうしたものかと思案していると、私たちを呼ぶ声があった。





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