じゃがいもを植えましょう
朝食を済ませた私たちは再び裏庭に集まった。参加するのは父、私、ロイ、エリック、それにクレバー夫人だ。
すでに灰の配合は済んでおり、綺麗な畝ができた畑に種芋を植え付けていくのみだ。
「あの、夫人、大丈夫? 無理しないでね。なんなら畑の外で種芋の準備とかしてくれたのでもいいのよ?」
作業用の簡素なワンピースに着替えたクレバー夫人が、よたよたと畑の中を進んでいく。足元はヒールのないブーツに履き替えていたが、スカート丈はこの国の平民女性たちの間で一般的なくるぶし丈だ。少し前屈みになれば裾を踏んづけてしまう。汚れは落とせるにしても、転んで怪我でもすれば大変だ。
「いいえ! お嬢様がなさっておられるのに、使用人の私ができないなんて、そんなの許されません!」
「いや、夫人はメイド長だから。ただの使用人じゃないし……」
「いいえ、私も子どもたちも使用人です。今日こそは! きちんと畑仕事をこなしてみせますわ! お願いします、やらせてください!」
なぜだか必死の形相で訴える夫人……うん、このやりとり、なんだかデジャヴ感だ。リンダのことを「死んだ主人に似て頑固」と説明していたが、間違いなくこっちの血だろう。
「お嬢、お袋のことは放っておいていいぜ。口で言ったって聞きやしないから。失敗するまでやらせたらいいさ」
耳元でこっそり囁くのは息子のエリック。いや、ひっくり返って怪我されると困るのはこっちなんだけど。でも、彼のこの「いつものこと感」を見ると、たぶん、いつものことなんだろう。
そんな傍らで、こちらもいつものごとくのてきぱきと種芋を植え付けていく父とロイに倣って、私も久々の農作業に手をつけた。こちらの世界での農作業経験は浅いが、前世の支援先の村では現地の人たちに混じって開墾も植え付けも刈り取りもこなしていたのだ。ただの6歳児とは訳が違う。
そうして種芋を植えて残りは土を被せるのみとなったとき。クレバー夫人に「あとはもう男性陣に任せましょう」と声をかけるために振り向いた途端。
「きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!! み、みみ、ミミズぅぅぅぅぅぅぅ———!!!!!」
それまでゆっくりながらもなんとか作業についてきていたクレバー夫人が、悲鳴を上げながら後ずさった。運悪く小石か何かを踏んだのだろう、ずるりと滑って後ろのめりに倒れかけた。
「クレバー夫人!!」
咄嗟に駆け出した私。夫人のドレスの前側を掴むことには成功したけれど、如何せん外見は吹けば飛ぶようなか弱い6歳児。
「アンジェリカ!」
「お嬢様!」
「お袋!」
男性陣の声が響く中、哀れ、私とクレバー夫人は勢いよく畑にダイブすることになったのです。
「それで、クレバー夫人と一緒に腐葉土の中に顔を突っ込んでしまったのね?」
くつくつと笑いながら継母が私の頭についた枯れ葉をとってくれた。そう、じゃがいも畑で私と夫人が倒れたのは運良くやわらかい腐葉土の上だった。腐敗もうまく進んでいたおかげで枯れ葉や土が頭や顔につくくらいで済んだ。
平身低頭で涙ながらに謝罪するクレバー夫人はエリックに任せ、先に屋敷に戻った。私の話を聞きながら、娘のリンダが小さな身体をさらに小さくして俯いている。
「母は頑固なところがあって……。本当に申し訳ありません」
「……あーそれは血筋……じゃない、いや、大丈夫だから、気にしないで。ね?」
私の心のうちを察したのか、継母も笑いをこらえられず、再び吹き出した。
「本当に。お屋敷が賑やかになってよかったわ。それで、じゃがいもの作付けは無事終わったのね?」
「はい。残りは男性陣がやってくれました。エリックは体力も力もあるから本当に助かったって、おとうさまも言っていました」
「そうね。エリックには引き続き、畑仕事も手伝ってもらいましょう。でもクレバー夫人は……」
「内向きのことに専念してもらった方がいいかもしれません」
「リンダも一緒にね」
「……はい」
話を聞いていたリンダもしおらしく頷く。2人とも決して不器用なわけではないのだが、人には向き不向きがあるものだ。クレバー夫人もリンダも、大黒柱を失ってからは自分たちで家事をこなしてきただけのことはあって、料理も掃除も上手だ。洗濯だけは水の精霊の加護があるウォーレス領だったので、ふんだんにとれる精霊石に頼っていたために慣れていないが、そちらは下級メイドたちの仕事にするので問題ない。
だからうちにとって足りなかったところを埋めてくれる貴重な人材だった。加えて優秀な2人は私の家庭教師も兼務してくれている。適材適所。うん、いい言葉だ。
「さて、お昼ご飯の準備が調っているから、バーナードを呼んできてちょうだい」
「はい」
小綺麗になった私は、父を探しに再び裏庭に出た。




