はじめてのお茶会です
ハイネル公爵家のタウンハウスは王都の一等地にある。
公爵という名を戴いていることからもわかるようにその始祖は王族だ。我が国に3つある公爵家の中でもとりわけ歴史が古いのがハイネル公爵家だ。
領地は王都から遠く、馬車で東に1週間ほど向かった先にある。特産はなんといっても鉱石。地の精霊に守護されるかの地ではダイヤモンドやサファイアなど、高貴な女性たちを虜にする石が多く輩出され、それに伴い領内の貴金属加工の技術も王国一と謳われるほど発展している。
鉱石と同じくらい知られるのが公爵領の学力水準だ。独自の教育システムを導入しており、公爵領の平民の識字率はすこぶる高い。王立学院に入学する平民でハイネル公爵領出身者はそこそこな数にのぼるのだとか。優秀な平民で公爵のお墨付きもある彼らは王宮などでの要職にも就きやすい。そんな文官の筆頭となっているのが現在のリュクス・ハイネル文部大臣。現公爵の弟にあたる方だ。ハイネル家の王国での地位がよりわかるというものだ。
そんな雲の上のそのまた天井に輝くおうちからの、お茶会の招待。私の第一声は「無理」の一言だった。
「いや、困ります、だってお作法とかお作法とか!」
「あら、子どもだけのお茶会なのでしょう? そんなに厳しくはないと思うわ」
「だから余計に困るんです!」
シンシア様ののんびりした意見につい反論する。今まで貴族のおうちにお呼ばれした機会というのはギルフォードの誕生会くらいなものだ。あれは両親も一緒だったし、初日の夕食会を除けば立食式だった。
「だってここに書いてあります。招待客は私と——マクスウェル侯爵家のエリオット様だけだ、と」
そう、手紙はエヴァンジェリンの直筆で、お茶会の開催は3日後。そして招待客は私と、精霊祭の屋台で一悶着あったエリオット少年の3人だという。大人は介入なし。つまり両親は連れて行けない。
「そんな少人数でのお茶会なんて、アラが出まくるに決まってます。無理ですってば!」
「でも、公爵家のお誘いを無下にする方が失礼なのではなくって?」
「ぐっ……!」
正論を提示され思わず黙り込む。
「アンジェリカちゃん、精霊祭の発表会のことだけど、確かパトリシアさんの話では、ハイネル公爵令嬢が出演されると聞いた皆様が“それならば我が家も”と声をあげてくださったみたいよ? その恩がある御令嬢のお誘いだもの。断るのは公爵家にも御令嬢にも失礼だと思うわ」
さすがはシンシア様、論理の展開が半端ない、ていうか容赦ない。そんな私の背後で継母は呑気に「楽しそうだわ、行ってきたら?」とシンシア様を援護射撃する。おかあさま、それ、背中から私を刺しています。
それでもなんだかんだと抵抗というか、回避の手段はないものかと頭を捻っていると、そのタイミングで外出先から父が戻ってきた。
事情を聞いた彼は「なんと!」と驚きながら手を打った。
「ちょうどよかった! 実はハイネル公爵にどうにかしてお会いできないかと考えていたんだよ。この間の発表会では人も多くてお目通りも無理だったからね。かくなる上はアッシュバーン辺境伯爵かパトリシア様にお願いするしかないかと思っていたんだ」
「え?」
歴史あるハイネル公爵家の当主に、なぜしがない(ごめん、おとうさま)男爵家の当主が会いたいと願うのか。
その理由を父から聞かされ、私は目を丸くしつつ、このお茶会への招待に応じざるを得ないことを悟った。




