表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【二章完結】ヒロインなんかじゃいられない!!男爵令嬢アンジェリカの婿取り事情  作者: ayame@キス係コミカライズ
第一章「じゃがいも奮闘記」編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

167/308

その後のあれこれです1

ダスティン領における土壌改良の章の、土の酸性度表記について、以前から数名の方に誤りでは?とご指摘をいただいておりました。私としては正しいつもりで使用していたのですが、誤解を与える記述であったことを鑑み、訂正を加えております。詳細をお知りになりたい方は活動報告をご覧ください。

 精霊祭の各種イベントが無事終わった。初めての試み盛り沢山だったけれど、どれも大成功だった。


 孤児院が主催して開いたポテトクッキーやスコーンの屋台は、同時開催したバザーの売り上げを凌ぐ結果となった。材料費や人件費のこともあるから純利益はもっと下がるが、双方合わせて例年以上の売り上げを見せ、クレメント院長はじめ職員や子どもたちも満足そうだった。


 騎士団に頼んだ出張訓練も好評だった。やはり騎士は憧れの職業のひとつ。ロイド副団長によると見込みのありそうな子どもたちも多く、予備校を作る動きも話が進みそうだということだった。ナタリーの計らいで女の子の希望者が多かったのも意外な収穫だったという。


 ハムレット商会のゲーム屋台も盛況のうちに終わった。持て余していた在庫も一掃できた上にお店の宣伝にもなったと、店長のキャロルも満面の笑みだ。ライトネルは少々拗ねていたけれど。


 そして発表会は、予定していた孤児院からの出席者2人に、めでたく里親となってくれるパトロンが見つかった。朗読劇を披露したアニエスだが、なんと王都で人形劇や一般民衆向けの舞台を展開している一座とつながることができた。一座の団長は高齢の女性で、ときどき劇団内で裏方などを手伝う許可をアニエスに与えてくれた。アニエスは特例としてホテルでのメイド修行に加えて、週に2日だけ劇団に通うことを許された。ほかにも貴族が所有している戯曲などの複製本を与えてもらったり、王立歌劇場の一般席のチケットを用立ててもらったりなど、本人いわく「夢のようです!」といった激変が起きた。貴族のサロンからもさっそくお呼びがかかっているらしい。


 そしてシリウスだ。彼にはアニエス以上の支援者が名乗り出てくれた。多くは自宅のサロンでの演奏機会の提供、楽譜などの提供、音楽会への招待、中には孤児院のピアノの定期的な調律費用を賄ってくれる貴族も見つかった。


 そして——。


 私は精霊祭が終わってから初めて、継母とともにウォーレス教授宅の門を叩いた。今日が定期練習の日なのだ。


「アンジェリカ、いらっしゃい! この前の発表会、素晴らしかったわ」

「ありがとうございます、おばあさま」


 満面の笑みで迎えてくれるのは教授夫人。私も笑顔でお礼を返す。


「この人なんて、アンジェリカの出番前からずっとそわそわしていて、本当に落ち着きがないったら。でも終わったらいの一番に拍手し始めたのよ」


 言いながら、隣で一緒に出迎えてくれたウォーレス教授を見上げる。教授はいつものように視線を逸らして無言のままだ。彼からはあの日、終演後にすでにお褒めの言葉をもらっているから、今更無言で返されてもどうってことない。少し照れたように視線がさまようのを見て、私の方が前世でも今もだいぶ目下なのに、くすっとしてしまった。





 そのままいつもどおりの練習を終えて、お茶会の時間。私は心に温めていたある提案を早々に切り出した。


「おじいさま、シリウス・ビショップの演奏をどう思われましたか?」


 私の発言に、しばし沈黙が広がる。先に口を開いたのは教授夫人だった。


「シリウスって、あの孤児院の男の子よね。とても見事な演奏を披露した……」

「演奏が終わった後、大勢の貴族が支援者として名乗り出たと聞いたわよ」


 相槌を打ったのは継母だ。


「はい。幸いなことにシリウスは当初の目的どおり、今後もピアノの練習が続けられそうです。ただ、お金や物資は多く集まったのですが、指導者がまだ見つかっていないのです」


 シリウスは耳から聞いて曲を覚えて演奏している。今まで音楽の勉強をする機会もなかったから楽譜も読めない。だが今後ピアノを本格的に学ぶなら、楽譜の読み方を知らなければ通用しなくなるだろう。


「おじいさまは彼の演奏をどのように聴かれましたか。芸術院のピアノ講師を長く勤められた元教授のご意見を伺いたいのです」


 それはつまりシリウスの才能が本物かどうか判断してほしいということ。もちろんあの演奏だけで答えが出るとは思っていない。だが、その可能性の片鱗があったのかどうかだけでも聞いてみたかった。


 教授はティーカップを置き、深くソファに身体を埋めた。


「まだ体もできていない。背は高い方だったからなんとかペダルにも足が届いていたが……。全体的に一本調子で曲の解釈もまだまだだ。細かな技術やタッチなどはあげればキリがないな。人前で披露できるレベルではないよ」

「まぁ、あなた……アンジェリカといくつも違わない、まだ子どもですよ。それに孤児院の育ちですから」


 教授の批評に対して夫人が眉を顰める。それを「だが……」と制した。


「だが、いい音を出している。ピアノの音が光の粒のように教会の天井まで響いていた。どの子も……決して馬鹿にするわけではないが、“そこにある音”しか出せずにいたのが……彼は、あの子だけは音をきちんと“弾ませて”いた。ピアノを“弾く”というのはそういうことだ。素質はあるのだろうね」


 そのまま深く息をつき目を閉じる教授は、まるであの日の演奏を思い出しているかのようだった。シリウスが紡ぎ出した“弾ける音”を。


 我が国の最高峰の芸術機関で、長きに渡り多くのピアニストを輩出し、自身も演奏者として知られる人だ。そんな彼がシリウスを“評価”した。私やほかの子どもたちを労うのとは別の次元で、彼のピアノを、まるで大人に対するそれであったかのように——。


 私は彼に切り出した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ