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発表会のその後です1

*この章に登場するルルのエピソードを、「はじめての慰問活動です2」の頭に付け加えました。喘息の話などはそこに出てきます。うっかり削っていたようです……(反省)

 冬晴れの気持ちいい空気の中、小さな子どもたちの声が通りいっぱいに響きわたる。


「いらっしゃいませ! 大人気のポテトクッキー、ただいま焼き立てですよ!」


 簡素なワンピースに白いエプロンをつけた女の子が、試食を載せたお皿を手に、通りをゆく人に声をかける。ふわふわの綿菓子のような子どもにそう言われ、立ち止まらない大人はいない。彼女の勧めるままに試食しては「あら?」「まあ!」と驚きの声をあげ、そのまま屋台に誘導されては一袋買っていく。


 その一部始終を屋台の端で見ていた私は感心することしきりだった。


「すごいわね、ルル。あなたは接客の天才よ!」

「ありがとうございます、アンジェリカ様!」


 にっこり微笑むのは、孤児院で針仕事を嫌がり癇癪を起こしたあの9歳の少女だ。持病のぜんそくも最近ではなりを潜め、今日も元気に精霊祭2日目の屋台仕事のシフトをこなしている。


「ルルが勧めたお客様はみんな買い物してくれるんです。しかもスコーンやパンまでセットで買ってくれるんですよ。ルルにこんな才能があったなんて」


 驚きながらも我がことのように喜んでいるのは、あの日ルルに針仕事を教えていた年上の少女だ。来年から住み込みでドレス工房で働くことが決まっている彼女は、自分の作品が初日に完売したので、今日はお菓子売り場を手伝っている。年上で責任感の強い彼女は、自分が孤児院を卒業した後、ルルがうまくやっていけるかどうか心配だったようだ。新たな才能を発見できたことが嬉しいらしかった。


 精霊祭は3日間開催される。孤児院では毎年バザーを出していたが、今年は私の発案でポテトクッキーとスコーン、それにポテトパンを売る屋台も用意してもらった。シフトを組んだ子どもたちが厨房係、包装係、販売係にわかれて運営している。孤児院としても収益が増えるのはありがたいことだし、何より材料の一部であるじゃがいもは孤児院の畑でとれるのでほぼタダ。やらない手はないと、二つ返事でOKしてもらった。


 針仕事が苦手なルルだけど、この屋台の仕事は気に入ったようで、昨日の厨房係も今日の販売係も喜んで手伝っている。最終日には自由時間をもらえるそうで、その楽しみもあるみたいだ。


「ルルのおかげで今日も早く完売しそうね」

「えへへ。あたし、このお仕事大好きです。これなら毎日やってもいいわ」


 青い瞳をくりくりさせて微笑んだ彼女は、次のお客さんをゲットすべく再び通りに繰り出した。


 思いもかけなかった効果に私もにんまりしていると、背後から「アンジェリカ様!」と聞き覚えのある声が聞こえた。


「シリウス! それにアニエスも!」


 昨日はややかしこまった格好をしていた2人だが、今日は他の子どもたちと同じように簡素な出で立ちだ。手にした籠には大量のクッキーとスコーン。孤児院で作った分を補充しにきたようだった。


「2人とも昨日はお疲れ様! 今日はもうお店の手伝い? 大変ね」

「いいえ、ちっとも大変じゃありません。昨日の舞台が楽しすぎて……まだ興奮しています!」


 勢いよく答えたのはアニエス。今日は髪をいつものおさげに戻している。


「アニエスの舞台は大成功だったわね。初めて企画を聞いたときは本当にびっくりしたけど」

「ありがとうございます。アンジェリカ様のアドバイスのおかげです」

「ううん、アニエスの力よ。みんな感動していたし、御婦人たちはきゃーきゃーいってたわ」


 アニエスの一人芝居は、会場に集った女性陣のハートをがっしり掴んだようだった。発表会が終わってから今日までの間に、ぜひ彼女の支援をしたいと申し出る貴族が数名いるとのこと。シンシア様やクレメント院長の話によると、今後も増えるのではと期待されている。


 そしてそれはシリウスにも言えることだった。


「シリウスの演奏、本当に素晴らしかったわ。なんというか、素晴らしいって月並みな言葉しか出てこない自分を呪いたいくらいに」

「ありがとうございます。アンジェリカ様に褒めていただけることが、僕にとって一番の喜びです」


 私より頭ひとつ分高い彼が、私を優しく見下ろしている。どんなに簡素な格好をしていても彼はどこか光り輝いていた。昨日の舞台にひとりで立つ彼は、まるで生まれたときからそこにいるかのような、堂々とした輝きを放っていた。



 彼が演奏したのは、古典と呼ばれる時代の作品だ。メロディや和音の作りが近代の音楽よりも簡素な分、本人の解釈と技量が試される難曲だ。それを、彼は繊細なタッチで流れるように演奏してみせた。会場は水を打ったように静かになり、演奏後には誰も息をしていないのではないかと思えるほど、気配という気配が消えていた。


 それを打ち破ったのは、彼が椅子を引く音。立ち上がり優雅に礼をしてみせると、人々ははっと現実に戻り、それから破れんばかりの拍手がいつまでもいつまでも続いた。クレメント院長が終演を告げるのを忘れるほどに。


 拍手の間にも貴族たちが次々と立ち上がり、支援を名乗り出ていた。体裁を重んじる彼らがその場で声をあげることは珍しい。慣例を破らせるほどに、シリウスの演奏が際立っていたということだろう。


 クレメント院長がようやく意識を取り戻し、発表会の終演と、その後の貴族子女たちによる円舞の案内をした。伴奏が再びシリウス(とおまけの私)によるものと聞いた観客たちは、誰も席を立たなかった。


 果たして盛大な期待のもと、発表会のラストを飾る子どもたちの円舞が披露された。あらかじめ参加を希望していた子どもたちがステージをぐるりと取り囲んで円を作る。参加希望者に男の子が少なかったので、ミシェルやギルフォードも駆り出されていた。さすがは辺境伯爵家の御曹司たち、あのギルフォードですらステップを誤ることもなく、こなしていたようだ。……ようだ、というのはパトリシア様と隣で踊っていたミシェルからの情報だ。私は手元と譜面を見るので精一杯だったから、踊っている子どもたちのことなんて眼中になかった。シリウスが低音パートでペースを作ってくれたおかげで、なんとか無難に弾き終わり、発表会の舞台は大団円を迎えた。


 今回の入場は無料だが、出演者からは参加費を徴収し、かつ孤児院の子どもたちと王立学院の生徒たちが募金を募ったおかげもあり、それなりの額が集まった。収益は孤児院でなく大教会へ会場使用料として支払われた。教会としても損はなく、来年も開催しましょうと逆にお声がけをもらったそうだ。


 シリウスとアニエスの挑戦はひとまず成功となった。今後どういう形で里親たちが支援してくれるかは、クレメント院長とシンシア様にお任せすることにした。


 2人は自分たちの力でチャンスを掴んだ。将来がどうなるかはわからないけれど、彼らの一歩が、彼らの未来へと繋がってほしいし、後に続く孤児院の子どもたちが出てくることを願うばかりだ。


 私たちが話し込んでいると、「あの……」と慎しくも軽やかな声がかかった。


「ダスティン男爵令嬢でございますわね」

「あなたは悪や……ハイネル公爵令嬢!」


 思いもかけぬ人物の登場に私は目を丸くした。








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