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【二章完結】ヒロインなんかじゃいられない!!男爵令嬢アンジェリカの婿取り事情  作者: ayame@キス係コミカライズ
第一章「じゃがいも奮闘記」編

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本番です!1

 午後1時に開場すると同時に、大勢の人たちが会場を埋め始めた。ステージを囲んで前方が貴族席、後方が平民の席だ。


 私たち出演者はステージにほど近い場所で待機させられていた。会場内ではエメリアはじめとする王立学院の生徒たちがボランティアで案内係をしてくれている。


 ナタリー&エメリアを通して、学院に孤児院の子どもたちを支援するような体制づくりの協力を依頼した件については、概ね好意的に受け入れられたのだが、如何せん時間がなさすぎたため、今回はボランティアクラブと新聞クラブの皆さんのみが協力してくれることになった。生徒会や教授陣も来年に向けて何か検討したいと言ってくれたので、それはそれで楽しみだ。


 会場の入り口付近を見ていると、両親とともにウォーレス教授夫妻が現れるのが見えた。ふと目が合った気がしたのでにっこり微笑むと、教授夫人が小さく手を振ってくれた。


 皆がそれぞれ席につき、やがて開演を知らせる鐘がなった。





 ステージ進行はクレメント院長だ。彼女から本日の出演者の名前がまず呼ばれる。アニエスとシリウスの紹介の際には、彼らの夢を応援するための出資を募る旨が改めて説明された。複数の「里親」という制度について、初めて知る貴族たちからざわめきが起きたが、舞台が始まる頃には落ち着きを取り戻していた。


 今回の出演者は8組12名。トップバッターは12歳の子爵令嬢によるピアノ演奏だった。ピアノは貴族に人気のある楽器のようで、今回の発表会でも一番多い。来年王立学院にあがる年齢ということもあって、大人に近いような完成度の演奏をみせてくれた。


 その後は伯爵家の男の子によるバイオリン、伯爵家の姉妹による喜歌劇オペレッタのアリアの披露が続き、場も十分温まったところで、4番目の出演者・アニエスの登場となった。


 シリウスのために立ち上げたといってもいいこの発表会企画。正直なところ、彼以外に孤児院からこの場に上がれる子どもはいないと思っていた。ところがクレメント院長が孤児院の子どもたちに今回の企画について話したところ、10歳のアニエスが勢いよく手をあげたという。普段はメイド見習いとして貴族向けの高級ホテルで奉公しているアニエスは、すらりとした長身と長い手足を持つ、きりっとした表情の女の子だ。性格も明るくはっきりしていて、小さな子どもたちの面倒もよく見る姉御肌の少女だという。


 彼女が手をあげたことも驚きだったが、披露したいと打ち明けた内容も驚きのものだった。


 白いシャツにベージュのキュロット姿、長い髪をポニーテールに結い上げたアニエスは堂々と舞台に立った。ピアノ席にはシリウス。彼は今回、彼女のBGM役として出演する。初めはアニエスひとりで舞台に立つと言っていたのを、彼女の発表内容を聞いた私が、絶対音楽を入れた方がいいと強く勧めた。


 大勢の貴族の視線を浴びながらも、アニエスは堂々と顔をあげていた。彼女は立ち姿だけでなく声も素晴らしいのだと、発表会前、孤児院で練習に励む様子を見て感動したものだ。


 クレメント院長による紹介が終わるやいなや、シリウスが奏でる静かなBGMに合わせて、アニエスがよく通るその声で紡ぎ出したのは、精霊を称える詩の一編だった。この国の住民なら貴族も平民も、誰もが知っている詩。それは精霊祭の日のこの舞台にふさわしい、美しい調べだった。観客たちの空気がふわりと軽くなり、大教会の中央で精霊に祈りを捧げる少女の声にしばし酔いしれる。


 だがこれはほんの序章。精霊の詩が終わると、アニエスは次なる演目のタイトルを告げた。


「今、王都で流行の小説、“恋月夜こいづくよ”から、ヒロインと騎士の物語をお届けします」


 タイトルを聞いた会場から「恋月夜ですって!?」「まぁ!」「きゃあ!」などなど、婦女子の皆さんたちの黄色い声があがる。


 「恋月夜」は王都で大流行している小説だ。内容は敵対する家同士のヒーローとヒロインの恋物語で、前世で言うところのロミオとジュリエットのようなもの。若い女性から妙齢の女性、それに女性の心理を知りたいという男性にまで幅広く読まれている。田舎暮らしの私は当然知らなかったので、本を持っているというエメリアに借りて一読した。甘ったるい恋物語かと思いきや、古典詩の引用があったり、歴史上の事件などを匂わせる記述があったりと、物語としての骨格もしっかりしていた。巷では解説本が出るほどの人気ぶりなのだとか。もちろん一番人気はヒーローとヒロインが紡ぐ愛の言葉だが。


 今や王都の、特に女性陣で知らぬ者はない小説。ざわざわと細波のように広がる浮き足だった彼女たちの声は、アニエスが第一声を発した途端、ぴたりとやむことになった。


「騎士様、早くこの場を離れてください。家の者に見つかれば何をされるか……」

「姫、一目あなたに会いたいと、夜に紛れて忍んできた私をどうかお許しください」

「許すも何も、わたくしもお会いしとうございました。あぁなぜ私たちはこのような立場にそれぞれ生まれてしまったのでしょう」

「私はあなたと同じ時代に生まれたことを幸せに思います。ともに生き、ともに死ねることを」

「でも、できることなら、あなた様とは明るい太陽の下でお会いしたいのです。このような闇に紛れる逢瀬ではなく」

「闇ではありません、姫、ほら、月が綺麗ですよ」

「まぁ……」

「優しく降り注ぐ月の光は、沈黙のまま私たちを祝福しているかのようです。その光を纏ったあなたは精霊のように美しい。月が欠けてもまた満ちていくように、会えぬ日々があっても、再び会えるときがやってきます」


 切ないピアノの調べに乗り、男女のパートで声色を変えながら進むアニエスの一人芝居は、ヒロインの屋敷のバルコニーで綴られるそのシーンを情緒豊かに織りなしていく。


 そして最後のセリフを、アニエスは艶のある男役で演じてみせた。


「太陽が見られぬとも、私はこの月に誓いましょう。姫、あなたを愛しています」


 絶妙なタイミングで途切れたピアノ、その余白を埋める愛の告白に、会場の空気が震えるのがわかった。


 演目を終えたアニエスが一歩進み、片手を胸にあて、そのすらりとした長身を優雅に折った。青年貴族もかくやのその気品ある仕草に、水を打ったように静かだった会場が一気に熱を取り戻した。


「「「きゃあああああああ—————!!!!」」」

「素晴らしいわ! 恋月夜のバルコニーシーンの再現ね!」

「途中から目を閉じて聴いていたら、本物の騎士と姫の姿が浮かんできたわ」

「ああぁぁ! 私もそうすればよかった、もう一回聴きたいわ!」


 この日一番の拍手と歓声がアニエスへと捧げられた。アニエスは泰然とした表情でその場に佇んでいる。


 そう、アニエスの特技は「一人芝居」だった。見た目は涼やかな女の子だが、彼女には声色を自由に変えられる特技があり、男性パートも演じることができた。今は男性といっても少年ぽさが残る演技だが、年を重ねればもっと色気が出てくるのではと思わせる。


(私が初めてこの特技を聞いたときの感想が「……タ◯ラヅカか!」だったのよね。この世界でも受け入れられそうで何よりだわ)


 男女ともに演じ分けができることを得意としていたアニエスだったが、私が演出指導の一環として少年ぽさを出した方がいいと助言した。スカートでなくキュロットにしたり、髪を高い位置でポニーテールにしたり、最後に貴族青年のようなお辞儀をさせたりしたのは、そうした考えからだ。


 そして彼女の希望はずばり「演技の勉強をすること」。10歳の彼女は今はメイド見習いとして高級ホテルで午前中だけ働いている。芸術院で演技の勉強ができればよりよいが、それが無理でも王都で活躍している劇団で勉強したり、芝居をたくさん見て表現力を広げていったりしたいと願っている。


 パトロンとなる里親にお願いしたいのは、劇団へのコネを持っている方による紹介、勉強にかかる資金援助。もしくは見学のための芝居のチケットなどの提供。そして返礼は——。


「私の芝居を、里親の皆様のご自宅やサロンなどで、いつでも披露させていただきます。もちろんリクエストにもお答えします」


 少年の声色でそう告げると、会場にいる女性陣がまたしても色めきたった。


「わたくし、援助いたしますわ!」

「わたくしも、ぜひうちのサロンでその芝居を披露いただきたいわ」

「あなた! ぜひあの子の里親になりましょう! 私、恋月夜の大ファンですの!」

「お父様! あの子を助けてあげましょうよ!」


 次々と声があがる。その光景に言葉を失ったアニエスの代わりに、クレメント院長が、こみ上げる感動を抑えこみながらも進行を続けた。


「皆様、アニエスのために寛大なお心をありがとうございます。この後、休憩時間を挟みます。アニエスの里親として興味のある方はどうぞ前にいらしてください」


 そして温かな拍手とともに、アニエスの発表が終わった。



アニエス嬢の特技はヅカでした……っと。

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