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新しい出会いです

お待たせしました。新キャラの正体です

「シンシア様、来てくださってたんですね」

「ちょうど今、孤児院に行ってきたの。その帰りにね。久々に素敵な演奏が聞けて嬉しかったわ。とても上手になったわね」

「ありがとうございます。パイプオルガンはピアノと違って全身を使うような演奏だから、まだまだできないことがたくさんあるんですけど」

「周りの人たちもずいぶん感心していたわ。あなたの演奏目当てに通ってくるお客さんもいるそうね。毎週木曜は大盛況だって、神官様もおっしゃっていたわよ」

「そう言っていただけると励みになります」


 シンシア様と親しげに会話をする黒髪の少年、よく見ると光の加減で髪色が少し変わるようだ。真っ黒というよりは濃紺に近い不思議な色。瞳も深い藍色だから、どこか神秘的に見える。


 それにしてもーーー。あの素晴らしい演奏が彼によるものだったとは。てっきり大人の男の人が弾いているのだとばかり思った。でも目の前の彼は私より少し上といった感じ。痩せているが背がひょろりと高く、長い手足が今後の体型的な成長も思わせる、そんな男の子だった。


 シンシア様が会話の流れで、私の方にちらりと視線を向けた。


「彼女も、アンジェリカもあなたの演奏にとても感動していたわ。まだ6歳なのだけど、彼女もピアノを習っているから、あなたの演奏の素晴らしさがわかったみたい」

「それは、どうもありがとうございます。僕の演奏はまだまだですが、でも気に入っていただけたのならとても嬉しいです」

「え? あのっ!」


 突然私に話を振られて、緊張から変な声が出てしまった。少年は藍色の瞳を細めて、眩しそうにこちらを見ている。口元に浮かんだ笑みもとても自然で、周囲の空気も相まって、まるで精霊の化身のようだと思った。


「あ、あの……とても素敵な演奏で、感動しました。その、こんな月並みなことしか言えないのですけど……。あ、失礼しました! わたし、アンジェリカ・コーンウィル・ダスティンと申します」

「はじめまして、アンジェリカ様。僕はシリウス。シリウス・ビショップと申します。お目にかかれて光栄です」

「ビショップ……」


 彼の苗字を聞いて驚くと同時にいろいろ合点がいった。


 ビショップというのは神官の別名だが、それ以外にも意味がある。孤児院の子どもたちが名乗る便宜上の苗字だ。


 孤児院で育つ子どもたちは両親が不明な者も多い。親の名前がわかっている場合はその苗字を使うが、そうでない子どもたちには神官と同じ意味の「ビショップ」という苗字が与えられることが多いのだと、シンシア様から教えてもらったばかりだ。


(だから先ほどから孤児院という話がよく出てきていたのね……)


 彼はおそらく孤児院の子どもだ。もし誰かに引き取られていたら苗字が変わっているはずだ。


 シンシア様は彼のことを「歩きはじめた頃からよく知っている」とおっしゃった。おそらくそれほど小さい頃に孤児院に預けられるような事情があったということなのだろう。


 彼は美しい笑みを浮かべたまま、軽く頷いた。


「おっしゃるとおり、僕は孤児院で暮らしています。本来は手習いやその他の仕事をしないといけない時間帯なのですが、毎週木曜は特別に、ここでパイプオルガンの演奏をさせてもらっているのです」

「シリウスはピアノがとても得意なの。教会にもよく通っていて、パイプオルガンにもとても興味を持っていたようだったから、私から神官様に、彼に演奏をさせてもらえないかお願いしてみたの。彼はパイプオルガンなんて一度も触ったことがなかったのに、見様見真似で一曲弾いてみせたのよ。しかも普段演奏している神官様よりも上手だったものだから、みんなびっくり」

「いいえ、僕の演奏なんて本当にまだまだで……シンシア様の熱意と神官の皆様のご厚情で、なんとか願いが叶ったんです」

「そんなことないわ。あなたの才能が素晴らしかったのよ。一度聴いた曲はどんなものでも再現できるなんて、大人の音楽家でもなかなかできないことよ」


 一度聴いただけで再現できる、それは楽譜などなくとも耳から聴いただけで曲を暗譜してしまえるということ。誰しもができる技などではない。


「すごいですね……」


 感心のあまり、ほおっと息をこぼす。


「ありがとうございます。アンジェリカ様もピアノを弾かれるのですよね? もしお嫌でなければ、ぜひ今度ご一緒させてください」

「ええっ!?」

「孤児院にもピアノがあるのです。もともとはかなり古いアップライトピアノしかなかったのですが、昨年シンシア様がグランドピアノを寄付してくださいました。孤児院にはほかにピアノが弾ける子どもがいないので、寂しく思っていたんです」

「い、いえっ! 私のピアノは、とても人様に聴かせられるものではないので……!!」


 あんなすごい演奏をする子と一緒に弾くなんて、想像しただけでめまいがした。


「それは楽しそうね。ぜひ男爵夫妻もお誘いして、一緒に鑑賞したいわ」

「シンシア様!?」

「僕、連弾できる曲を探してみます」

「いやっ、無……っ!!」

「連弾の楽譜ならうちにも娘たちが使っていたものが残っているはずだわ。アンジェリカもうちで練習できるわね」

「僕は楽譜は読めないですが、一度聴いたらわかるので、当日合わせられると思います」

「あのっ、だから私にはハードル高……っ!」

「楽しみだわ」

「そうですね」


 なぜだろう、3人での会話のはずなのに、私ひとりハブにされている疎外感……と落ち込んでいる場合ではなかった。一度聴いた曲なら難なく再現できてしまい(しかも楽譜読めないって言ってる!)、専門の神官たちよりも凄腕の演奏をみせ、客寄せした聴衆を唸らせている子と一緒に演奏って、どんな拷問……!!


 これは全身全霊、全力をもって阻止しなければ!! と意気込み、拳を握りしめて顔をあげると、柔らかに弧を描く藍色の瞳とぶつかった。


「ご一緒できるときを楽しみにしています」


 そして向けられる、優雅な微笑み。


 その表情に釘付けになり、喉元まで出かかった言葉がきれいに霧散してしまったまま、「もう遅いから」とシンシア様に文字通り回収された私は、認めたくないけど確かにチョロインだと思った。

 



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