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美しい音色との出会いです

 大教会は火地風水の4大精霊を(まつ)っているところで、この国の信仰の要だ。建物の歴史も古く、優美な建築様式なこともあって、王都の観光名所にもなっている。周囲には露天商も多く、食べ物やお土産物などがずらりと並ぶ。前世のキリスト教のように、毎週礼拝するというような定期の信仰はないが、王都にいる人間にとっては馴染み深い場所で、身分の貴賤を問わず人々が訪れる。


 警備上の問題から、貴族が入れるスペースと、平民が入れるスペースが分かれており、私たちは貴族用の入り口にたどり着いた。入り口で名前を記入することになっているが、特に身分や家名のチェックなどは行われないから、儀礼的なものだろう。入り口に立つ警備の騎士に不審がられることもなく、私たちは中に足を踏み入れた。


 もう夕方近くだというのに、中には大勢の人々が集っていた。以前、両親と一緒に来た時よりも賑わっている。


 中の造りは前世のキリスト教会によく似ている。正面に火地風水の4大精霊をイメージしたそれぞれの色の美しいステンドグラスの飾り窓があり、そちらの方向に向かってたくさんの長椅子が並んでいる。中央には祭壇らしきものがあり、神官様が立っている。神官はあちこちにいるので、誰でも声をかけることができるし、頼めば精霊にまつわる話や王国の創世記などを話してくれる。


 訪れた人々は神官に話しかけることもあるが、たいていは長椅子に座って祈りを捧げている。私たちもそれに倣おうとしたとき、ふと重厚な響きの音色が流れ出した。


「あぁ、今日は木曜だったわね。ラッキーだわ」

「木曜だと何かあるのですか?」

「ほら、今聞こえているでしょう? パイプオルガンの演奏が始まるわ。ちょうどいい時間に来たわね。せっかくだから鑑賞していきましょう」


 そしてシンシア様は手近な席に私を誘導した。あたりを見渡せば、歩き回っていた人たちも皆、席に着き始める。


 パイプオルガンは前世にもあったが、演奏を生で聞くのは初めてだ。建物全体にパイプが張り巡らされているそうで、まるで音に包まれているかのような気持ちになる。そして演奏も言葉をなくすほどに美しい。


 いったいどこで演奏しているのだろう、と私はその音色にうっとりしながらも演者を探した。すると、正面のステンドグラスのはるか上に、小さく動く人の頭が確認できた。暗がりでよく見えないが、金髪などではなく濃い色味の髪色だ。


 それを確認したのも束の間、私はそこから、いや、教会全体から流れ出る音の洪水に飲まれていた。なんて美しい響きだろう。この音色を表すのには、言葉では到底足りない、それほどまでに衝撃的な演奏だった。


 人いきれも忘れるほど、周囲の空気が静謐(せいひつ)になった。これだけたくさんの人がいるのに、その気配すら消えていく。ここにあるのは、美しい音色と荘厳な空間。まるで別世界にさらわれたような、そんな印象さえ受ける。


(すごい……どんな人が演奏しているんだろう)


 著名な演奏家か、それとも教会の神官だろうか。

 もっと聞いていたいと思ったその演奏は、やがて終わりを告げる。


 最後の余韻の、その切っ先までが美しく教会に響き渡り、そして消えた。


 音に呑まれていた人々が、ようやく呼吸をすることを思い出す。


 そして会場はたちまち割れんばかりの拍手に包まれた。皆が今しがた贈られた恵みのような音楽に敬意を払って、はるか頭上のステンドグラスの上を見上げる。


 小さな頭がぴょこんと揺れたかと思うと、すぐに引っ込んだ。周囲も雑音を取り戻す。


「素晴らしい演奏でした、感動しました」


 月並みな言い方だが、それ以外の言葉が浮かばなかった。


「毎週木曜は、ここで彼の演奏が聴けるのよ。私ったらこんないい機会をすっかり忘れてしまっていたわ。孤児院にまで(おもむ)いたのに、話題にすることもしなかったわね」

「孤児院?」


 今ほど聞いた素晴らしい演奏と孤児院の話題がつながらず、私は首を傾げた。するとシンシア様は瞳を(ひらめ)かせた後、私にある提案をした。


「ちょうどいいわ。裏口に回って彼に会っていきましょう」

「え、彼って、今演奏してた方ですか?」

「えぇ、そうよ」

「シンシア様のお知り合いなのですか?」

「えぇ、彼がまだ歩き始めたばかりの頃からよく知っているわ」


 シンシア様は茶目っ気たっぷりにウインクした後、「こちらよ」と慣れた動作で教会の通用口の方へ向かった。入り口に立っていた年若い神官がそれに気づき、声をかける。


「シンシア・アッシュバーンと申します。夫は王立騎士団の副団長です。王都孤児院の支援をしている者で、今も孤児院からの帰りですの。シリウスに会わせていただけないかしら。もちろん、彼がかまわないと言ったら、ですが」


 シンシア様はそう自己紹介をして、演奏者に面会を願った。ここでロイド副団長の名前を出したのは、そうする方が早道だからだ。シンシア様は決して身分をひけらかす方ではないが、使えるものは使うタイプだ。


 それにしても、シリウスというのが演奏者の名前だろうか。今も孤児院の話をしていたし、何か関係があるのかもしれない。


 一度席を外した若い神官が再び戻ってきて、私たちは通用口から中に入れてもらった。そのまま神官の案内で奥まで進むと、ちょうど小部屋の扉が開き、中から人が出てくる気配とぶつかった。シンシア様と神官様の影になって、私からははっきり見えない。


 けれど、次の瞬間、シンシア様が弾んだ声をあげた。


「シリウス、久しぶりね」

「シンシア様!」


 聞こえてきた返事に私は驚いて、行儀が悪いことも構わずつい身を乗り出してしまった。そして再び驚くことになった。


 シンシア様の呼びかけに対して返ってきた思いがけない高い声、その声の主は、私といくつも違わない、黒髪の男の子だった。






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