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【二章完結】ヒロインなんかじゃいられない!!男爵令嬢アンジェリカの婿取り事情  作者: ayame@キス係コミカライズ
第一章

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反省会です

 孤児院から出た直後、シンシア様が私に提案した。


「せっかくここまで来たから、大教会に寄っていきましょうか。アンジェリカは来たことがあったかしら」

「以前、王都に来てすぐの頃、両親に一度だけ連れてきてもらいました」

「そう。周りには露店もあって賑やかだったでしょう? ミシェルやギルフォードにお土産でも買ってかえりましょう」

「……はい」


 以前両親とともに訪れたときは賑やかな露店も荘厳な教会の空気も満喫できたものだ。だから今回のシンシア様のお誘いは嬉しいはずなのに、どこか喜びきれないのは、孤児院での出来事を引きずっているせいだった。


「近くだから歩いていきましょう。馬車は教会の方に回しておくわ」


 彼女の提案に静かに肯く。言葉少なになった私に、この人は気づいているだろう。2人してとぼとぼと歩き始めた。


「あの、申し訳ありませんでした」


 沈黙に耐えきれなくて口を開いたのは私の方だった。


「それは、なんに対する謝罪なのか、聞いてもいいかしら」


 詰問するのでなく、優しく促す声。それが自分の至らなさを逆に問い詰められているようで、そしてそんなふうに穿(うが)った感じ方をしてしまう自分がやるせなくて、私は思わず目をぎゅっと閉じた。シンシア様はお優しいから、このままやりすごしてしまっても、何もおっしゃらないだろう。でも、自分の決して褒められない振る舞いについて、私は反省することを選んだ。


「ルルにおやつをあげてほしいと、クレメント院長に頼んでしまったことです。孤児院には孤児院の規則があるのに……」


 ルルがよくない振る舞いをしたことに対する罰が、おやつ抜きと自室での反省だった。ここで結局おやつを与えてしまえば、ルルは自分の行いが許されたと感じてしまうかもしれない。そして反省することなくまた同じことを繰り返す可能性もある。それは孤児院の管理上、ゆゆしき問題でもあるし、何よりルル自身のためにならない。


 孤児院に引き取られている以上、たくさんの制約がルルの身の上には課されているはずだ。もちろんルルだけではない。彼女ひとり特別扱いすれば、孤児院の秩序も乱れてしまう。


「クレメント院長は、本当は私の提案を断るべきだったのに、私が頼んだから断れなかったはずです。私が……貴族の子どもだから」


 そう、ルルだけではない、院長先生にも迷惑をかけてしまった。クレメント院長はこの後、私の提案通り、ルルにおやつを与えるだろう。私の頼みは、彼女にとって命令に等しい。断れない立場の人に対して、物事を強要する。貴族の自分たちが、最もやってはいけないことだ。


「ルルは、おやつをもらって喜ぶでしょうね。そしてまた明日から、普通の生活に戻るわ」

「はい……」


 針仕事の手習いの部屋を立ち去る際、シンシア様はやりとりに気がついていたけれど、敢えてルルに声をかけなかった。クレメント院長の差配があったから自分は黙っていた、というのもあるだろうが、それだけではない。もともと意に沿わない仕事をさせられることに若干の抵抗を感じている人でもある。その後の院長先生とのやりとりでも「ルルに針仕事は合わないのでは……」と口にされたくらいだ。


 シンシア様もきっと、ルルに声をかけたかったに違いない。でもかけなかった。私もそれを察したから、あのときは何も言わず、後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にした。でも、その思いをずっと引きずってしまって、何かできればと焦って、自分のおやつを差し出した。


「ルルは明日からも針仕事をするのだと思います。今日は貴族のお嬢様の気まぐれでおやつにありつけたけれど、あんなことは2度と起こりません。誰も彼女をかばってくれないし、彼女は与えられた仕事を頑張るしかありません」


 孤児院への支援で大切なことは、真に必要な支援を行うことと、継続性。それをわかっていたはずだった。


 今日私が彼女にたいして行ったことは、真に求められる支援でもなければ、継続的な行いでもない。“優しさ”という名の衣を着せた、憐憫(れんびん)の振る舞いだ。


 私がルルにおやつを与えてほしいと伝えたとき、顔を見合わせたクレメント院長とシンシア様。2人とも内心、困っていたはずだ。シンシア様が一瞬目を(すが)めたのは、私が言い出したことに関する、院長先生への謝罪。そして院長先生は、6歳の子どもが言い出したことを受け止め、実施すると約束してくれた。


「私は今日、何もできなかったどころか、余計なことばかりしてしまいました」


 自分にできることを精一杯やろうと決めて降り立ったはずが、この結果はただやらかしただけ。連れてきてくださったシンシア様の顔にも泥を塗ってしまうことになった。それも謝罪の要件だと、小さく付け加える。


 シンシア様は歩きながら私の話に耳を傾けていたが、そのままの歩調で静かに頷いた。


「たくさん勉強になったわね。よかったわ、あなたを連れてきて」

「シンシア様?」

「誰でも最初の一歩があるわ。だから、これにめげないで、諦めないで頂戴。諦めてしまったら、そこで完全に終わりよ。少なくとも私はこの精神でここまで生きてきたわ。そして今、とても幸せなの」

「……」

「あなたは、とても素敵な女の子よ、アンジェリカ。今の気持ちを忘れないで。そして常に考えることを辞めないで」

「シンシア様……」

「私は、あなたのような女の子に、ぜひこの国の未来を切り開いてほしいわ」


 シンシア様は屈託のない笑みを私に向ける。


 私の至らなさも彼女へかけた迷惑も、反省すべきことは山のようにある。けれど謝って済ませるのは一番簡単な方法だ。やるべきことは、反省したことを次にどう活かすか、ちゃんと考えること。諦めるのでなく、別の方法がないか探し続けること。シンシア様が求めることはとてもシンプルだ。


「さぁ、おいしそうな匂いが漂ってきたわね。お店を覗いてみたいけれど、まずは教会でお祈りしましょう」

「……はい!」


 私はひとまず反省会を終了して、彼女の後ろを追いかけた。






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