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昼食会がはじまりました2

 パンの講評に続いて解説するのはメイン料理。今日は豚肉の煮込み、前世で言うところの角煮を洋風にしたようなものだ。デミグラスソースがかかっている。さすがに肉の代替にはなりえないので、ここはそのまま、ただし横にマッシュポテトをつけてもらった。ダスティン領でのパーティやルシアンの結婚式では鶏の丸焼きの詰め物に使用したりしたが、さすがに騎士団で鶏の丸焼きは毎日は食べられない。そのため一般的な煮込み料理にマッシュポテト添えとすることにした。


「こちらは普通の豚肉だな、ただし……」

「このサイドメニューがじゃがいもですね」

「はい、マッシュポテトといいまして、いろいろなソースと相性がいいのです。我が領では鶏の詰め物として人気の食材です。肉汁やソースを吸ったマッシュポテトの味わいはそれはそれは……」

「待て待て、それはうまくないわけがなかろう。まずは食べさせろ」


 団長が横槍を入れたままメイン料理を口に含む。咀嚼しながら「ほう」というため息が漏れた。


「驚いたな。これは……うまいぞ」

「本当ですか?」


 ロイド副団長やゴ◯ンジャーたちも後に続く。豚肉がいつもどおりの味なのは彼らも承知だ。長い時間かけて煮込んだ肉はうまくないはずはない。問題はそこに添えられたマッシュポテト。今回は牛乳とほんの少しのバターを加えている。口にした面々は驚きを隠せないままあっというまにマッシュポテトを空にしていく。


「よろしければ、マッシュポテトのおかわりもございますが……」

「いただこう」

「私も」

「私もだ」


 次々と声があがり、給仕係の騎士たちが慌ててそれを配り始めた。なんというか……大きいギルフォードがたくさんいる光景だ。


「いや、これはいいな。濃いめのソースとからめるといくらでも食べられるぞ」

「スープのときは、苦味がない驚きはありましたが、格別おいしいかというとそこまでではありませんでしたが……」

「おそらくじゃがいも本来の素材が淡白なので、こうしてほかのものと組み合わせると相性がいいのだろう。スープなども塩味だけでなく、もっと濃いものにすれば、肉料理と同じような相性をみせるかもしれない」

「実家の父が言っていたとおり、これは革命かもしれませんね」

「うむ。さすがは伯爵老が認めただけのことはある」


 団長たちが冷静に感想を述べあう中、ゴ◯ンジャーたちは黙々と食事を続けていた。見かねたバレーリ団長が呆れたように声をかける。


「おまえたち、今日はじゃがいもを我が騎士団に採用するかどうかの大事な会議だぞ。普通に昼飯を食う奴らがあるか」

「いや、団長、お言葉ですが、これはしっかり味わってからでないと、いい加減な意見になってはなりませんからな」

「そのとおりだ、おい、ワシにおかわりをくれ。それからパンも」

「私もだ」


 みるみる間に用意していたマッシュポテトが消えていくのを、私は満面の笑みで見つめていた。


「みなさま、よろしければ最後のメニューをお試しください。ミートソースのサイドメニューです」

「ん? これはただのペンネではないのか」

「こちらは我が領で今最も人気の食材、“ニョッキ”でございます」

「ニョッキ?」

「はい。小麦粉にじゃがいもを混ぜたものを団子状にして茹でて食します。パスタと同じような食べ方が可能です。今回のようにミートソースだったり、濃厚なチーズクリームも合いますね」


 ニョッキは前世にもあった食材だが、実は私はこれを思い出せずにいた。考案したのはルシアンのお店を手伝っている娘のケイティだ。


 彼女は料理の才能があるが、とりわけ新しいメニューを生み出すのが得意だ。このニョッキも彼女が思いつき、今ではお店の看板メニューになっている。作るのが簡単だし、いろいろなソースを絡めればバラエティが持たせられるし、原価もやすいし、何より腹持ちがいい。かの町では今、昼食のメニューとしてニョッキが流行しつつあるのだとか。それをダスティン領でもとりいれたおかげで、我が家の食卓にもたびたび登るようになった。


「じゃがいもの淡白さは、さきほど団長がおっしゃったとおり、他の食材と相性がいいのです。このニョッキはいろいろなソースの種類分、いろいろな味が楽しめ、食卓に広がりが持たせられます。私はパンに変わる主食としてマッシュポテトやニョッキを広められればと思っています。小麦を食するよりずっと安価におさえられますし、何より芋類は栄養価が高い。不作にも強い食物ですから毎年の出来を不安に思うことも少ない。まさしく質実剛健を軸とする騎士団にこそふさわしい食べ物だと思っています」


 私の説明が終わる頃には、全員の皿が空になっていた。じゃがいもなぞ、と残した人間はひとりもいない。


「皆様、完食いただけたようで何よりです。ところでおなかの方はいかがですか? 満たされましたでしょうか」

「あぁ。十分満足する量だった」

「それはようございました。ちなみに本日の食事にかかった費用は一食分で250カーティほどです。ちなみに料理人の皆様に伺ったところ、いつもの昼食にはおよそ400カーティから500カーティほどかかるそうです。あくまで食材だけの話ではありますが、それでも費用を半分ほどに収められた話になりますね」

「そんなにか……」


 団長がロイド副団長と顔を見合わせる。


「王都に在住する騎士はおよそ千人。自宅から通ってくる者や非番の者、外食する者などもいるから流動的だが、それでも毎回700人分くらいは準備しているはずだ。その食費が……半額だと?」

「それだと年間予算がこれくらいになりますから……十分騎士団を維持できます。維持できるどころか、経年劣化している地方の砦の修復費用も今年中に捻出できるかもしれません」


 私が言った数字は嘘ではない。なぜこれほどまでに費用が抑えられたかというと、はっきりいってじゃがいもがこの世界ではタダ同然の値段なのだ。


 家畜の餌用ということもあるし、何しろ大した世話をしなくても勝手にぽこぽこできる。加えて騎士団は自前の畑で大量にじゃがいもを栽培しているらしいから(暇なときの騎士の仕事は実は畑仕事が多いと父からの情報だ)、食材を自前で準備できるとなるとさらに割安だ。さらに、じゃがいもでカサまししたおかげで他の食材の使用も少なくて済むわけで、ようはスープの野菜の量を減らしてじゃがいもに置き換えたり、パンの量を減らしてマッシュポテトやニョッキに置き換えることで、食費をかなり節約できる。もちろん、栄養も大事だからそこの塩梅は必要だけど。


 これが、今回敢えて「普通」の食事を用意した理由。味もさることながら、彼らの一番の目的はコストカット。それが実現でき、かつ今までの食事と遜色ないものが味わえるとなれば、採用しない理由がない。


 どうだとばかりに私は手を握り締めた。マクスウェル宰相には見送られたじゃがいもの食用化政策、でもこの騎士団でなら可能性は十分にある。祈るような思いでバレーリ団長の次の言葉を待つ。


 やがて、団長の太い声が広間に響いた。



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