今回はちゃんと計画しました
キッチンで奮闘しているであろうマリサの手伝いをするため、そろそろ中座させてもらいたいと思った私は、抱えていた包みに目を落とした。これは団長へのお土産だ。
「そうそう、話に夢中で忘れておりました。バレーリ団長にお土産があるのです。アンジェリカ」
「はい」
父に促されたのて、私は包みを机の上に広げた。
「こちらは我が領で秋に採れたサツマイモを利用して作りました、干し芋です」
くつろげた包みの中には黄金色に輝く干し芋。そう、私が前世の記憶を元に作ったおやつだ。じゃがいもと同じ要領でアク抜きをした後、薄く切って天日干しするやり方は前世とほぼ変わらないはず。味も、干したおかげで糖度が増し、いい味わいになっている。
「なんと、サツマイモも食せるのか」
「はい。じゃがいもと同じ要領で調理できます。どうぞお召し上がりください」
私は包みをずいっと団長に向けて差し出した。団長は面白そうな目つきで干し芋を手にとり、しげしげと眺めた。
「我が領の特産である花茶も天日干しして飲むものだが、それと同じ要領なのだな」
「はい。こうすれば日持ちしますので、冬の蓄えとして保存することができます。芋類は栄養価も高いとされますので、保存食にうってつけです。騎士団におかれましては、携帯食としてもご利用いただけると思います」
「ほう」
それまで、かわいい子どもを見る目でしかなかったバレーリ団長の目の色が少し変わった。嫌な目つきではなく、なんというか、珍獣でも見るような形相だ。
「……いただこう」
そして団長は豪快に干し芋にかじりついた。咀嚼するうちに、面白いものを見るようだった目つきが今度は驚愕の色に変わった。
「なんだこれは! とてつもなく甘いぞ!」
「本当ですか?」
横で眺めていたロイド副団長も干し芋を手にとり控えめにかじりつく。そしてすぐさまバレーリ団長と同じ言葉を吐いた。
「甘い! これが……サツマイモですか!? あの、苦くてとてもじゃないが口にできない?」
「まったく違うぞ、これは、まるで甘味のようだ。我々はこんなうまいものを家畜に食べさせていたのか!」
2人とも次から次へと手を伸ばし干し芋を平らげていく。昼食の前なんだけどなと思いつつも、この人たちならこの程度でお腹を膨らせたりはしないだろうと思い直す。
「男爵、いったいどんな魔法を使ったらこうなるんだ」
「魔法というわけではありません。これはアンジェリカがままごとのついでに生み出したものです」
「ままごとからこんなすごいことが起こるのか!?」
「父が言っていた、男爵の御令嬢がすべて考案されたというのは本当だったのですね……」
まぁ、正確に言うとままごとなんかじゃなく確信犯なのだけど、いろいろ面倒だから干し芋もままごとの一環ということにしてある。そして騎士団からお話がきたときから、干し芋こそ最も取り入れて欲しい食材だと思っていたのだ。長の行軍では干し肉に水だけという食事が続くこともあると父から聞いたが、そこに干し芋が加われば栄養の面からいっても精神的な面から言っても最強となるだろう。だって甘いものは世界を平和にするし。
「干し芋のおかげで今年の冬は領民たちも健康に過ごせそうなんです。それに、高価な砂糖を使わなくとも甘いおやつになると、子どもや女性に大人気です。騎士の皆様が全員甘いものがお好きだとは限りませんが、ぜひご採用いただきたいと思っています」
「確かに、芋類の栄養価は高いからこそ、手間ではあるが栽培して馬に食べさせていたのだからな」
「正直家畜と同じものを食べることに抵抗を示す者がいるかとも思いましたが、これなら問題ないですね」
いつの間にか空になった包みを眺めながら、団長と副団長が大きく頷いた。
「いやはや、これは俄然、昼食が楽しみになってきたな」
「各師団の師団長も揃う予定ですが、きっと度肝を抜かれるでしょうね」
そう、今回は団長と副団長のほかに、騎士団にある5つの師団から師団長が顔をそろえることになっている。王国きっての騎士が集う王立騎士団、その師団長まで上り詰めた人たちだ。一筋縄でいかない可能性もある。
だからこそ、一番力のあるバレーリ団長とロイド副団長をどうしても味方につけておきたかった。
自分の領でポテト料理を披露したときと、ルシアンのお店の開店時のことを思い出す。予備知識を持たない人たちは、じゃがいもやサツマイモが使われていると聞けば尻込みしやすい。それがどんなにおいしいと説いても、手をあげてくれない。
だけど誰かが口火を切ってくれたら、そこからはスムーズに進む。問題は誰がスタートを切るか。それには権力を持った人が一番効力がある。我が領では父の説得、炭鉱の町では伯爵老の行動が人々の考えを動かした。もちろん、はじまりはスノウやギルフォードといった、先入観を持たない子どもたちだったけど。
ここには子どもがいないから、まずは団長と副団長を口説き落としておくのが手っ取り早い。彼らが好意的に食事に手をつけてくれれば、師団長たちも続かざるを得ない。一口でも食べてもらえればこちらのものだ。何せ味はとびきりいいときているのだから。
未だ驚きを隠せない2人を前に、私はいそいそと空箱を片付けながら、仕掛けがうまくいったことにほくそ笑んだ。




