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継母の実家にお邪魔します2

 芸術院の敷地は、基本的には誰でも入ることができる。学院内には劇場や美術館、レストランや雑貨屋などがあり、社交シーズンが始まったこともあってかなり賑わっている。


 ただし職員や生徒の居住地域は関係者しか入れないようになっている。入り口はいくつかに限られていて、そこに門番が立って、出入りを厳しくチェックしているのだ。継母は両親から預かった通行証を見せ、私たちは中に入ることが許された。居住地域というだけあって、門を潜った途端、雰囲気が一変した。喧騒は徐々に遠くなり、普通の住宅地のような街並みが続く。


 王立の学校は全部で3つある。


 一番大きいのは王立学院。貴族の子弟や成績優秀な平民が13歳から18歳までを過ごす学校だ。それから医師や薬師を養成する医術院があり、芸術分野に特化した芸術院がある。


 王立学院は前世でいうところの中学校から高校にあたる年齢の子どもが通う場所だが、医術院と芸術院は大学にあたるイメージだ。王立学院で過ごした者たちの中で、医療分野や芸術分野に秀でた者たちだけに門戸が開かれる。この3つの学院はすべて王都の外れに纏まってある。敷地自体がひとつの街のようなもので、その中で衣食住のすべてを賄うことができる。現に継母も子どもの頃、芸術院の敷地の外に出たことはほとんどなかったそうだ。


 真剣に学びたい人たちにとっては絶好の条件なのかもしれないなと思いながら、住宅街の中を進む。住宅の建物も戸建てからアパートメントタイプまで様々だ。遠くから子どものはしゃぐ声がする。王都の中であることを忘れるくらい、静かな環境だ。



 アッシュバーン家の御者さんが馬口の方向を変えた。その先に見えたのは赤いとんがり屋根のおしゃれな家だ。


「見えてきたわ。あそこが私の実家よ」


 馬車の窓越しに外を覗く私の頭上から継母の声がする。白壁の家がだんだん近づき、馬車は家の前で足をとめた。


 御者が馬車の扉を開けてくれた。父がまず降りて継母をエスコートする。次いで私。馬車のステップは広いのでまたしても飛び降りる形になる。


 地面に足をつき、顔を上げる。それと同時に、到着の音を聞きつけたのか、家の扉が向こうから開いた。


「お父様、お母様!」


 継母の声が弾む。声の先で白髪の老夫婦が笑って娘を出迎えた。


「カトレア、おかえりなさい。元気にしていたかしら?」


 声をかけたのは菫色のドレスを来たたおやかな老婦人。痩せ型で背が高く、継母と雰囲気がそっくりだ。


「もちろんです、お母様」


 継母が感極まったように抱きつく。懐かしい母親の顔をしっかりと確認した後、継母は隣の白髪の男性に向き直った。


「お父様、お久しぶりです」

「……あぁ。よく帰ってきたね」


 杖をついた男性は片手で継母を抱きとめた。低い声色はどことなくケビン伯父を思わせた。老婦人と比べて口調は大人しかったが、継母を抱きとめるその手にこもる力が、愛娘の久々の帰りを歓迎していることが伺えた。


「義父上、義母上、ご無沙汰しております。今年もお会いできて何よりです」

「まぁまぁバーナード様、今年も娘を連れてきてくださってありがとうございます。それにお忙しいあなたまで顔を見せてくださって」

「私も毎年、お2人にお会いできるのを楽しみにしています。私の両親は数年前に相次いで亡くなってしまいましたから、両親と呼べる方はもうあなた方だけなのです」


 嫁いだ父の姉3人はもちろん健在だが、父の実の両親は私が生まれる前に亡くなっている。この国では医療が前世ほど発展しておらず、普通の人の寿命も60代くらいだ。43歳の継母の両親がこうして揃って健在なのは珍しい方かもしれない。


 そんなことを頭の片隅で考えながらも、私は彼らの姿や会話を見逃すまい、聞き逃すまいと意識を集中させていた。そんな私の視線を感じたのか、継母がこちらを振り返った。そしていつもの優しい声で、私の存在を告げた。


「お父様、お母様、どうか紹介させてください。手紙でもお知らせしました、この子がアンジェリカ。私たちの大切な娘です」


 さきほどまでちらちらと目の端で私を捉えていた教授夫妻の視線が、しっかりとこちらに注がれる。見開かれる、2人の同色の瞳。


 それは驚きか、感嘆か、軽蔑か、拒絶かーーー。そのどれもがありそうで、判別できない。


 それでも大丈夫、何を言われても、何があっても、私は動じない。そんな決意でしっかりと顔をあげる。


 パトリシア様が選んでくれた、グレイとピンクの格子柄のワンピース姿で、私は胸を張り、そして頭を下げた。


「はじめまして、アンジェリカ・コーンウィル・ダスティンです。ウォーレス教授夫妻にはご機嫌麗しく」







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