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プレゼントを選びましょう2

「ミシェル様、アンジェリカ様、そちらの椅子にかけてお待ちください」


 キャロルさんの指示に従い、私たちは示された木の椅子に腰掛けた。地下室なだけに暗いが、ランタンが2つあるので周囲の様子はわかる。


「ここは私の開発室のひとつですの。商品によっては暗いところの方が都合がいいものもありますので」


 言いながらキャロルさんは箱を開けて、中から丸い物体を取り出した。大きさはやはり両手で抱えられる程度の小さなものだ。


「今から火をつけますね」


 そして彼女が取り出したのは布と火の精霊石だった。火の精霊石は布や紙や石などにこすりつけると火を熾すことができる。我が領の貴重な収入源だ。


 キャロルさんは手慣れた手つきで火を熾したかと思うと、それを燭台のようなものに移した。それから取り外していた丸い物体を被せた。丸い物体には無数の穴があけられていて、そこから火の明かりがちらちらと漏れ出ていた。まるで小さなランプのようだ。


「綺麗ですね」


 その物体の周りだけふわりと粉雪が舞っているような光景に、私は思わず溜息を漏らした。


「これはランプの一種でしょうか?」


 普通のランタンとは一味違う形状は、確かに物珍しい。


 だがキャロルさんは笑いながら小さく首を振った。


「いいえ、ここからが本番ですのよ。よく見てらして」


 そしてキャロルさんは丸い物体を少しだけ持ち上げて、そこに何かを放り込んだ。

 その途端、丸い物体がさらに強く輝きを増した。


(何……!?)


 一瞬にして光が周囲に舞い散る。光線のような鋭い光ではなく、ふわりとした光が宙に浮かんだかのようだ。


「皆様、天井をご覧くださいな」


 キャロルさんの誘導で上を見上げると、そこには明るい星空が広がっていた。真っ暗な天井一面に浮かぶのは、白く小さな光の星。そしてその小さな光はおぼろげながらも冬の星座を形取っている。


(これって、もしかして……)


 前世で子どもの頃、家族で見に出掛けたことがある、その光景と、電気も通らないアフリカの村の、夜空の光景が浮かんで混ざり合う。


「こちらが新製品の“星見”です」

「ほしみ……」

「えぇ。ご覧のとおり、部屋の中で星空を満喫できますの」


 キャロルさんの説明を待つまでもなく、私はその意味がわかった。これは間違いなくプラネタリウムだ。あの丸い物体にあいた無数の穴は星座を象った星々。そして中でろうそくを燃やしたのは、この光源にするため。


「キャロル、おまえこれ、どうやって作ったんだ?」


 ライトネルが呆然としながらも原理について問いかけた。


「企業秘密、と言いたいところですが、特別にお教えしますわ。この球体は鉄素材です。中には燭台がセットできるようになっていますが、それだけでは全体に星を映すことはできませんので、特殊な反射レンズを仕込んであります。こちらは私が職人さんと相談しながら設計図を引いていただき作ってもらいましたの」

「だが、この光源の強さは?」


 そうなのだ、私もそこが気になった。火の精霊石は火を熾すことができる便利なものだ。量を増やせばある程度火力も調整できる。だがここまで明るくすることはできない。

 キャロルさんは「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりの満足そうな笑みを浮かべた。


「じつは、風の精霊石を使っておりますの」

「風の精霊石……なるほど、その手があったか!」


 ライトネルは得心したかのように指を鳴らした。しかし私には未だピンとこない。


「風の精霊石の効能ってたしか……」

「増幅の力だね」


 ミシェルが丸い装置をしげしげと見つめながら説明してくれた。


「4種ある精霊石の中でも風の精霊石は少し特殊なんだ。いろいろなものの力を増幅させることができる。たとえば馬の足に使えば風を起こして速く駆けるようになるし、重たい岩などに使えば風の力で浮かせて簡単に移動させることができる。今のように火の精霊石に加えると、一時的に火力だけでなく明るさも増幅させることができるし……この場合はもしかしたら、特殊なレンズとやらに反射させる、その力も増幅させているのかもしれない」

「さすがはミシェル様ですわ。おっしゃるとおりです。でも、少し足りません」

「というと?」

「じつはレンズを精製する際にも風の精霊石を材料に加えておりますの。そのことでレンズの能力自体も増幅させているのですわ」

「そんなことができるのかい?」

「えぇ。やってみたらできました」


 銀縁のメガネを整えながらキャロルは得意満面の笑みを浮かべる。このプラネタリウム、もとい“星見”には、彼女の奇抜なアイデアと職人の英知が詰まって出来上がったもののようだ。


 私は前世の知識を持っているから、プラネタリウムはそれほど目新しいものではない。しかしこの現世ではこんなものは今までなかったし、そもそも家で星を見るという発想もなかったことだろう。そこに目をつけ、かつどうやれば可能か開発に取り組んだ、その努力と費やした時間は相当なものがあったはずだ。


 私は改めて目の前の少女を見た。明るいブラウンの髪をおさげにして、銀縁のメガネをかけた、私より少し背が高いだけの少女。華やかな外見のライトネルに比べて一見地味に見えるが、彼女の頭と心の中には類い稀な才能が詰まっている。そしてそのどれもが「どきどきわくわく」させてくれるものだ。


「ミシェル、殿下は気に入ってくださるかしら」


 私の心はもう決まっていた。これ以上の誕生日プレゼントは思いつかない。キャロルさんのお墨付きだし、まだ市場にも出回っていない物珍しさもある。


「大丈夫だよ。それに騎士は夜でも方角がわかるよう、星を読むことも学ばなくちゃいけないんだ。殿下は騎士を目指しているわけではないけれど、重要な知識だからきっと勉強にもなるよ。それに、こんなにわくわくするプレゼントは、ほかにはないんじゃないかな」


 彼の太鼓判に、私の心はさらに強くなった。


「キャロルさん、こちら、いただきます」

「お買い上げありがとうございます!」


 エプロンの裾をつまんでキャロルさんが恭しくお辞儀をしてくれた。






 








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