「かぞく」になりました1
*この章が長めのためきりのいいところで切りました。今回は短めです。
目が覚めると見覚えのないベッドの中だった。どうやら湯あみの最中に寝落ちしたらしい。
実母の死から前世を思い出し、そこからノンストップの日々だった。中身アラサーとはいえ、身体は5歳。いろいろ負担も大きかったのかもしれない。
薄紫の掛布に包まれたこのベッドは、私の部屋だと紹介された、あの部屋にあったベッドだ。
窓からは新緑の景色と暖かな日差しが見えた。季節は5月。巣立ちにはまだ早い小鳥の鳴き声が聞こえる。近くに巣があるのかもしれない。
手持ち無沙汰でベッドの上に起き上がったまま、ぼーっと外を見ていると、ノックの音が響いた。
「アンジェリカ、起きているかしら」
「はい」
私の返事を聞いて扉が開く。今日はくすんだ萌黄色のドレスを着た夫人が、昨日と同じ笑顔で部屋に現れた。
「おはよう、アンジェリカ、よく眠れたかしら」
「はい、おかげさまで。とてもぐっすり眠れました。湯あみの途中で失礼してしまって申し訳ありません」
「あら、いいのよ。私こそ、あなたが疲れていることを忘れてしまって。申し訳なかったわ。もう起きられるかしら。朝食の準備ができていてよ」
「はい、大丈夫です」
「その前に着替えないとね。今日はどのワンピースにしようかしら」
ベッドからもぞもぞと降りた私は夫人に促され、隣のドレスルームに移動した。吊るされたドレスは9着に減っている。
一度着ただけで毎日洗うのだろうか、いろいろ不経済だ。あぁでも、水の精霊石を使えば簡単に洗濯できるのかもしれない。
ちなみに水の精霊石の作用は「浄化」。汚いものを聖なる水の力で一瞬で綺麗にすることができるし、飲めない水に浸せばたちまち綺麗な飲み水に変えてくれる。量を調節すれば氷も作れるし、擦り傷などの怪我を水の精霊石でこすると治りがよくなるとも言われている。
精霊石は誰でも購入できるけれど、庶民にとってはまだまだ贅沢品で、下町では井戸端で洗濯板を使って洗濯するのが一般的だった。うちでは母はそういう下仕事をせず、ダリアひとりでは間に合わないので、町の洗濯女に御給金を払ってやってもらっていた。ちなみに前世のノウハウがあるので、今の私も洗濯くらいできる。
私は9着のドレスを前にしばし悩んだが、最終的にその一着におずおずと手を伸ばした。
「あの、今日はこれを着てみたいです」
それは昨日夫人が「似合うわよ」と一番最初に選んだピンクのゆるふわドレスだった。前世の良識が拒んだけれど、夫人が望むなら着てあげるべきだと思った。
大丈夫、私は超絶美少女ヒロイン、アンジェリカ・コーンウィル。ドレスの一つや二つ、さらりと着こなせる!
「あら、まぁ」
夫人は驚きながらも嬉しそうに微笑んだ。うん、これを選んで正解。
このドレスは背中にファスナーがついているタイプだったので、夫人に手伝ってもらった。もちろん今日は下着も新しいものに変えられている。
「さぁ、いきましょう」
夫人が差し伸べた手をぎゅっと握って、私は一階に降りた。
朝食の席で通いのメイド二人を紹介された。
ひとりはルシアン、年は20歳。黒髪をひとつにまとめた真面目そうな印象の女性だ。もうひとりはミリーといって16歳。そばかすの散った顔に赤毛をおさげにしている。まるで赤毛のアンみたいだ。ミリーはキッチンメイドのマリサの姪らしい。愛嬌のあるえくぼがそっくりで、なるほどと思った。
実母がここにいたのは5年以上前。2人は母のことを知らない可能性が高い。だがルビィあたりからあれこれ吹き込まれている可能性はある。対応には要注意だ。
昨日と変わらずにこやかな男爵夫妻に、昨日と同じく無表情のロイ、そして冷たい表情のルビィに給仕され、朝食を終えると、私はひとり、ダスティン男爵の書斎に呼ばれた。