はじめてのお買い物です3
「お勧めはこの3点になります。どうぞお髪にお試しください」
ライトネルの勧めで継母はまず一番左のものを選んだ。店員の女性が継母の結い上げた髪の、ちょうどお団子になっている部分にそれを挿す。ライトネルがすかさず鏡を手にして継母の後頭部が見えるようにしてくれた。小さな花の宝石が密集して大きな花を形作っている、上品な櫛だ。
「いかがでしょう。奥様の清楚な雰囲気にぴったりですね」
「まぁ、お上手ですこと」
ライトネルの褒め言葉に継母も笑顔で返す。父も隣でご満悦だ。
「ですが、どちらかというと普段使いに向いているかもしれません。王宮のパーティですとこのくらい華やかなものもよろしいかと」
ライトネルが示した2つ目の髪飾りは、大きな臙脂の花がついた櫛だった。一見生花のような瑞々しい花だが、中心に宝石が光っているところを見ると造花らしい。
「とても綺麗な髪飾りね。でもこんなに派手なものは私の年齢ではもう無理よ」
「そんなことはございません、奥様の装いを邪魔せず、さらに引き立ててくれると思いますよ。もしこちらがお気に召さなければ色違いもございます」
そして出された新しい櫛は、デザインは同じだが花の色が違っていた。こちらは濃い紫の色をしている。中心の宝石は艶やかな真珠だ。
「お召し物が紺色とのことでしたので、臙脂色のものをご紹介しましたが、こちらも同系色になりますのでお似合いかと思います」
「そうねぇ、これくらいの色味だとまだいいけれど、やっぱり派手じゃないかしら」
継母がちらりと父を見る。しかしながら継母を溺愛している父の意見はあまり参考にならない。
「いいんじゃないかな。それくらい大きくても悪目立ちはしないと思うよ」
「男爵様のおっしゃるとおりです。それに当日は髪型も変えられるのではありませんか? もし仮にもっと高く結われるのであれば、その根元に花が咲いたようになって、お顔立ちにも映えると思いますよ」
継母は普段は後頭部の低い位置で髪をくるりとお団子にしている。だけどドレスアップするとしたらもっと高く結い上げることになるだろう。それを見越したアドバイスは継母の胸に刺さったようだ。幸い値段も手頃だったこともあり、継母はその髪飾りに決めた。
店員が一度品を預かり梱包してくれるというので、私たちは一旦売り場を離れることにした。次は誰の買い物にしようかと話していた矢先、背後からミシェルの名を呼ぶ声があった。
「これはこれはミシェル様、本日も御来店ありがとうございます」
「ジェームズ会長、こんにちは、お邪魔しています」
ミシェルを呼び止めたのは30代くらいの小柄な男性だった。身体にぴたりとあった濃紺のジャケットに鮮やかな赤いタイを合わせている。髪は薄い茶色。全体的に優しそうな印象だが、淡いグレイの涼やかな瞳が一瞬きらりと光り、只者ではない雰囲気を見せた。
「ダスティン男爵、こちらはジェームズ・ハムレット会長。この店のオーナーで、ライトネルの父君です」
ミシェルの紹介で父と継母が挨拶したので、私もそれに倣った。ライトネルの父親は私たちの到着に間に合わなかったことを詫びつつ、残りの買い物を手伝うことを申し出てくれた。このあと残っているのは父の姉君への手土産と、私のカイルハート殿下のためのプレゼントを選ぶ仕事だ。父の姉は3人もいるので全部選ぶのは時間がかかるだろう。それに正直女性物の装身具などを見るより、ほかに見てみたいものがある。
「おとうさま、私は自分のプレゼントを選びたいのですが、別行動をするわけにはいかないでしょうか」
「別行動? 確かにアンジェリカには退屈かもしれないね。でも、はじめての場所でひとりにするわけには……」
「ダスティン男爵、よろしければ私がお供いたしましょう」
父との間に丁寧に割って入ったのはライトネルだった。
「父が男爵様のお相手をさせていただく間、私がお嬢様をご案内させていただきます。店内は店員の目も行き届いておりますし、警備の者も多数おります。お嬢様の身の安全は保証させていただきます」
「もしよろしければ、私もアンジェリカ嬢につきそいますよ」
ライトネルに続いてミシェルもそう提案してくれた。アッシュバーン家の護衛を兼ねた使用人さんも一緒にいてくれるというので、父もそれならばと了承してくれた。
「アンジェリカ、ミシェル殿とライトネルくんから離れないように。2人の言うことをよく聞くんだぞ」
「わかっています、おとうさま」
中身アラサーだからね? どこかのガキンチョみたいにちょろちょろしたりしませんよ?
「アンジェリカ、誰かに体当たりしちゃダメよ? それから知らない子にお菓子をあげてもいけません」
続く継母の言葉には何も返せなかった元アラサー女でした。前科って怖い。




